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グローバル競争が激化する中、海外への販路拡大を模索する日系企業が中国・アジア各国の地場企業と取引を行う機会は日に日に増えつつある。一方、こうした取引にあたっては、販売代金の回収リスクや、運転資金の確保などが常に課題となる。今回は、貿易取引上のリスク、およびそのソリューションとなるトレードファイナンス商品の活用事例とその効果を、在香港日系商社・A社の貿易取引を例に俯瞰していきたい。
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A社の状況(販売・輸出サイド) A社は、積極的な営業が奏功し、中国内外における新規バイヤーを多数獲得。一部は有名なグローバル企業であり、販売代金の回収懸念は稀少だが、一部は在中国の地場企業であり、回収に多少のリスクを感じている。また、長年のバイヤーからの受注額も増加しており、当社がリスクヘッジポリシーとして定める一社当たりの販売限度額をオーバーする可能性も浮上している。
—社内審査の与信上限額を超える売上が発生したため、審査からリスクヘッジの指示を受けた バイヤーからの資金回収リスクヘッジ手法としては、保険会社が提供する「取引信用保険」を活用したリスクヘッジが一般的であろう。通常、取引信用保険は包括保険(ポートフォリオ型)であり、保険会社のスケールメリットとリスク分散の観点から、A社が取引するすべてのバイヤーの支払リスクを対象に保険を付与することになるため、A社がリスクを取れるバイヤーについても保険料算定の対象となるのが一般的である。また、保険金填補額は付保対象債権金額の80〜90%というケースが多い。一方で、特定のバイヤーのみの不払リスクをヘッジしたいという企業のニーズに対しては、個別保険(シングルバイヤーリスク型)もあるが、保険料が高くなる傾向があり、企業にとってはコスト高となるケースが多いようである。 銀行も同様に特定バイヤーの不払リスクをヘッジする商品を提供することが可能である。「サイレント・ペイメント・ギャランティー(SPG)」と呼ばれる商品であるが、その名の通り、バイヤーには「サイレント」(知られる事なく)で、債権金額の100%を上限に不払リスクのヘッジが可能となる商品である。 SPGでは、バイヤーからの不払いが発生した場合に、A社が保有するバイヤー向けの売掛債権を銀行に譲渡するという事前契約を締結し、銀行が保証を提供する。もちろん、銀行側が当該バイヤーのリスクを取れることが前提であり、保証料率も当該バイヤーのリスクに応じて設定されるのでご留意いただきたい。 SPGの利点は、特定バイヤーのリスクにピンポイントで対応でき、債権金額の100%までを保証の対象とするなど、保険とは異なる柔軟な対応が可能であることであろう。リスクヘッジが必要な一部のバイヤーだけを選んで活用すれば、包括保険と比べ、金融コストの削減が図れる可能性もある。
—資金調達手段の多様化 売掛債権の資金化という観点では、日本において最もなじみがあるのは「手形割引」だが、海外においては送金取引が多数を占めていることを勘案すれば「ファクタリング」の方が一般的であろう。ファクタリング会社に売掛債権を譲渡・売却することで、支払期日前に売掛債権を資金化するものである。 さて、バイヤーの支払リスクにかかる保証を銀行が提供可能ということは、すでに銀行が保証している売掛債権の期日前の資金化も検討可能ということになる。例えば、A社が保有するバイヤー向けの売掛債権の決済条件が月末締め翌々月末払いである場合、A社は売上発生から最長90日間はバイヤーからの支払いを受けられない。この債権を支払期日前に資金化できれば、A社の資金繰りも改善される。 こうしたニーズに応えるべく、銀行では、送金ベースの売掛債権の資金化を行う「インボイス・ディスカウント・ファイナンス(IDF)」、為替手形ベースの「D/Aフォーフェイト」と呼ばれる商品を有している。 A社が保有する特定バイヤー向けの支払期日未到来の売掛債権(インボイス、為替手形など)を銀行に譲渡する契約を締結し、銀行がA社に対して原則、遡及権を有することなく、譲渡債権を購入するものである。この際、銀行は割引手数料(割引期間に応じた手数料)を差し引く形で、譲渡債権の購入資金をA社に支払うことになる。当該割引手数料がバイヤーのリスクに応じて設定されることについてはご留意いただきたい。 A社にとってみれば、A社の信用から切り離された資金調達手段を得ることになるため、資金調達手段の多様化が実現できるとともに、会計士の判断によっては、売掛債権のオフバランス化も実現できることになる。
A社の状況(調達・輸入サイド) A社には厳しい経営環境をともに生き抜いてきた優良地場サプライヤーが多数いるが、先般の中国における反日デモの影響から売上が減少し、在庫がたまって資金繰りに困っているサプライヤーがある。すでに数社から支払いを早めてもらえないかという打診を受けたがA社も一度に数社の支払要求にこたえられる程の資金的な余力はない。また、本社からは支払サイトを延長せよとの要請も来ており、板挟みになっている。
—本社の要請で支払サイトを延長しなければならない 近年、「サプライヤー・ファイナンス(サプライチェーン・ファイナンス)」という商品が注目されている。これは、A社のサプライヤーに対して、A社の信用力をベースに銀行がファイナンスを付けるものであるが、「インボイス・ディスカウント・ファイナンス」と性質的には同じもので、A社のサプライヤーが有する売掛債権を銀行が無遡及で買い取るものである。 サプライヤーにとっては、売掛債権の支払期日前の資金化が可能になることに加え、資金調達手段の多様化、売掛債権のオフバランス化、資金調達コストの削減(サプライヤー・ファイナンスのコストが通常の借入コストより低い場合)といったメリットを享受することができる。 またサプライヤーにとっては、手数料は発生するものの、新たな資金調達手段と成り得ることから、A社との取引における更なるインセンティブに繋がると考えられる。 A社としても優良なサプライヤーを支援し、より関係を強固なものにすることが可能であると考えられる。また、サプライヤーに対して、支払期日の延長を要請しなければならないケースにおいても、延長期間分のサプライヤーの資金負担をカバーする手段として当該商品を提案することにより支払期日の延長交渉の材料として活用することも可能であろう。
最後に 昨年、米アップル社のCCC(キャッシュコンバージョンサイクル:企業の仕入から販売に伴う現金回収までの日数)の速さがアップル社の経営の強さという類の記事をよく目にした。 アップル社が営業赤字に陥った1996年はCCCが70日を超えていたものの、2012年にはマイナス20日と、製造する段階ですでに資金回収を終えており、CCC早期化により生み出した現金を新商品開発などのイノベーション投資に充当し、現在の地位を築いているという内容のものである。 ニワトリ(現金創出による魅力的な商品開発投資)が先か、卵(魅力的な商品による取引条件の改善、現金の創出)が先かの議論であるが、実際にアップル社はCCC改善と業績回復が連動しており、他企業対比でCCCの速さは目を見張るものがある(その分、両サイドの取引先が苦労しているということかも知れないが)。 投資の源泉となる現金を生み出すCCC早期化であるが、これまでご紹介した輸出サイドの売掛債権の資金化や輸入サイドのサプライヤー・ファイナンス(支払期日延長交渉に活用)を活用して改善することも可能である。リスクヘッジ効果や資金化を通じた財務改善効果を秘めたトレードフィナンス商品を適宜有効活用いただき、今後の業容拡大に生かしていただきたい。 (このシリーズは月1回掲載します) 【免責事項】本稿は情報提供のみを目的としたもので、投資を勧誘するものではありません。また、本稿記載の情報に起因して発生した損害について、当行は一切責任を負いません。なお、本稿内容の一部または全部の無断複製・転載は一切禁止いたします。 |
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