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最新号の内容 -20111216 No:1348
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中国に道徳はあるか?

世界を震撼させたひき逃げ事件

 今年10月に中国で悲惨な交通事故が起きました。言うまでもなく、中国ではよくひどい事件が起きますが、今回は特にひどいです。広東省仏山市の王悦ちゃんという子供が2台の車に続けてはねられました。しかも2台とも走り去ってしまったのです。

 もっと最低なのは、この7〜8分の間に17人も通行人がいたのに、子供がはねられたことに気付いても誰も助けなかったことです。結局18人目の通行人である道路の清掃員が救急車を呼びました。

 事件の経過はYoutubeで流れ、世界中の人々がショックを受けました。運転手2人はなぜ平気で逃げたのか? 通行人はなぜ見て見ぬ振りをしたのか? 香港にも外国にもそんな疑問や怒りを感じる人が数え切れないほどいます。しかし中国の文化をよく知る香港人ならなぜこんなひどい問題が起きるのか分かっていると思います。

非情な考えの運転手たち

 まず中国の文化では、運転手が交通事故を起こしたら、被害者がケガで済むより亡くなってほしいと考えるのは当たり前のことです。なぜなら中国の法律では被害者が大ケガしたり、障害が残った場合、運転手は一生相手の生活費を負担しなければいけません。しかし、もし相手が死亡したら、賠償金だけ払えば一回で精算できます。金額も相手の一生の生活費より安く済むので、人身事故を起こしたら相手に現場で即死してほしいと考える人が多いのです。

 その上、すぐに現場から逃げるのも中国の文化です。これには2つの理由があります。運が良ければ一生誰が犯人か分からないし、捕まらないかもしれません。それに放っておけば相手が死亡する確率も高いから。もし止まれば責任を取ったり、相手の面倒を見なければいけません。すぐに救急車を呼んだら相手が生存するチャンスも高くなります。これも運転手にとってよいことではありません。あくまでお金の問題です。お金は人間の命よりはるかに高いから、こんなひどいことも中国では頻繁に発生します。

人命救助は仇になるだけ

 では、なぜ通行人全員が何もしなかったのか? これもお金の問題なのか? その通りです! まず、面倒なことは誰でも嫌がります。それだけではなく、子供を助ければ将来、法的な責任を取らされる可能性もあるからです。

 なぜかというと2006年に南京でこんな有名な事件がありました。心優しい男性がバス停である具合が悪そうな女性を病院まで送りました。ところが医師が「入院した女性は移動中に病状が悪化して骨が折れた」と診断したのです。民事裁判となり、もしかしたらこの青年のせいでおばさんの骨が折れたのではないか? とケガしたことの責任の一部はこの青年にあるとの判決が出ました。裁判所は青年に高い医療費の一部を負担するよう命じました。このほかにこの事件と似たような事件もあって、相手を助けたために自分で民事責任を取るようになったこともあります。  

 南京の事件は中国でかなり報道されたので、市民もよく覚えていると思います。ですから人の生死に無関心になるのも仕方ありません。誰だって人助けをしたのにお金を払わなくちゃいけなくなるなんて嫌ですから。 

  王悦ちゃんの事故は今まで起きたひどい事件のうちのたった1つに過ぎませんが、中国にとって痛手だったのは、ネットを通じて世界中に公開されたことです。面子に大変こだわる中国が恥をかいた大問題と言えるでしょう。 

道徳教育を見直す流れ

 王悦ちゃん事件の起きる前、今年1月から10月にかけて天安門広場に大きな孔子の銅像が道徳のシンボルとして建てられていました。

 実はこのほかにも中国政府はこれまで世界96カ国・地域で300以上の学校「孔子学院」をつくりました。これは04年から始まった国際協力の一環ですが、校名に「孔子」と付けたのは中国政府が経済発展だけを重視するのではなく、歴史や伝統的な文化、文学、道徳の重要さに気づき始めたからだと思います。

 王悦ちゃん事件が明るみに出てから中国の民間団体も政府機関もそれぞれ道徳問題を直視するような姿勢が出てきました。10月には中国政府主催で湖南省で20カ国以上から数百人の道教士を招いたイベントが行われました。道教の振興以外に道教の説法、勉強によって中国のでたらめな道徳や汚職などの社会問題を改善するという研究もイベントの重要なテーマでした。

 道教の精神で国を治め、社会を管理すれば社会問題も解決できると考える学者は中国本土、香港にも大勢います。なぜ中国の主な宗教のうち仏教よりも道教をより大事にするのか? 香港のある大学教授によると、中央政府は中国で生まれた道教を信じているそうです。確かに説得力があります。仏教はインドから伝わったものだし、チベットの密教では政治問題となります。ほかの外国の宗教もさまざまな影響が考えられますから、中央政府はやはり道教を重用しようとするでしょう。 

香港の道徳も五十歩百歩

 この王悦ちゃん事件以来、中国政府スポークスマンや中国本土の弁護士、学者も道徳問題について激しく討論しています。法律をつくり、ケガ人や病人を見て見ぬ振りをしたら罰するという提案も出ましたが、その実用性、効用に疑問を唱える意見もあります。

 私は後者の意見が正しいと思います。厳しい法律があっても道徳レベルが低ければ、問題の根本的解決にはなりません。汚職や売春などとともに多くの社会問題は水面下で頻繁に発生しています。王悦ちゃん事件は氷山の一角だと中国政府も気付いているはずです。

 過去20〜30年間、中国は国の経済発展に100%力を注いできました。教育レベルも近年、平均的に上がりましたが、道徳教育は全くダメ。香港人はいつも本土はひどいと笑っているけれど、実は五十歩百歩です。香港の教育レベルは中国本土よりまだはるかに高いけれど、もし本土の道徳レベルが最低ならば、香港の道徳もかなり低いと言っても過言ではありません。

 法律を守る一般的な香港人もやはり法律や道徳を尊重するというよりは、刑罰を怖がっているだけ。もし誰も見ていなければ、平気で違反する人が香港にはいっぱいいます。香港では英国植民地時代から英語ばかりが重視されてきました。中国史、文化を真剣に勉強せずにどうやって中国古代から続く儒教や道教の教えを学べるのか、疑問です。生活水準や教育レベルは高くなっても道徳観念が低くなるに違いありません。将来、中国本土も香港と同じ道をたどるでしょう。

 ですから、王悦ちゃん事件で中国人の目を覚ますことができれば、それは良いことだと思います。今さら遅いけれど、やらないより全然ましだと思います。今、積極的に孔子や孟子など偉い思想家の教えを奨めれば、あと10年、20年後に中国人の道徳レベルはきっと改善し、中国のイメージもかなり良くなるでしょう。 

  国際舞台では胡錦濤・国家主席や温家宝・首相が絶対制覇主義を実行しない、他国の安全を脅かさないというような発言を繰り返しています。そんなことよりもっと、外国に中国史や文化、儒教、道教の考え方を紹介した方が効果的ではないですか? 自国でも積極的に上から下まで、小学生から政府高官まで孔子、孟子の偉大な教えを勉強させなければいけません!

 これからは世界中の孔子学院を皮切りに、中国語の勉強だけではなく、道徳論を教える必要があります。そこまで徹底的にやれば中国の未来も明るくなるはず。それは中国が自分を助ける最後の方法なのです。


ケリーのこれも言いたい
 お金があれば道徳はどうでもいい! これは現在の中国では当たり前の文化です。昔は万事が順調だったここ香港でも、これは当たり前のことなのです。
 

ケリー・ラム(林沙文)
(Kelly Lam)教師、警察官、商社マン、通訳などを経て、現在は弁護士、リポーター、小説家、俳優と多方面で活躍。上流社交界から裏の世界まで、その人脈は計り知れない。返還前にはフジテレビ系『香港ドラゴンニュース』のレギュラーを務め、著書『香港魂』(扶桑社)はベストセラーになるなど、日本の香港ファンの間でも有名な存在。現在、吉本興業・fandangochina.comの香港代表およびfandangoテレビのキャスターを務めている