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最新号の内容 -20150904 No:1438
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香港における移転価格税制の基礎

 

 近年多国籍企業の国際的な租税回避行為への対応として、世界中の税務当局が協調して税務執行しようとする「税源侵食と利益移転」(Base Erosion and Profit Shifting=BEPS)への取組みが注目されています。BEPSの取組みの中でも、日系グローバル企業に重要な影響を与えると考えられているのが移転価格文書化の再検討の項目であり、香港の日系企業においても今後ますます移転価格のリスク管理の強化が求められていくことになると考えられます。本稿では、香港の国内歳入庁(Inland Revenue Department=IRD)により整備が進められてきた香港の移転価格税制の基礎について、解説していきます。

 (デロイト・トウシュ・トーマツ香港事務所 小川康弘)

 

 

⑴移転価格税制とは

 移転価格税制とは、複数の国で活動を行っている多国籍企業の海外関連者との取引を非関連者との間で行われた取引価格(=独立企業間価格)で計算しなおすことにより、適正な国際課税の実現を図ることを目的とする税制です。言い換えると、複数国に跨るグループ内のサプライチェーンにより生じた全体の所得を、独立企業間価格を通じて、各国に適切に分配するための仕組みとも言えます。

 

⑵香港における移転価格のガイドライン

 IRDは、2009年12月に移転価格に関するガイドラインである移転価格に関する解釈と実務指針(DIPN46)を公表しました。DIPN46における移転価格課税の主な原則は以下のとおりです。

・独立企業間価格の算定方法:経済協力開発企業の移転価格に関するガイドライン(OECDガイドライン)で公表されている伝統的な取引基準法(独立価格比準法、再販売価格基準法、原価基準法)と取引単位利益法(取引単位営業利益法と利益分割法)が独立企業間価格の算定方法として認められています。算定方法の厳密な優先適用順位は指定されていませんが、比較可能性分析と入手可能な情報を考慮した上で、最適な方法を選定することとされています。香港における販売子会社において適用される一般的な取引単位営業利益法の利益水準指標は図表のとおりです。

・独立企業間価格幅:独立企業間価格の決定において、中央四分位レンジといった独立企業間価格に関する幅が認めています。

・年度末調整(True-up adjustments):ベンチマーク分析により設定された利益率を達成するため、当事業年度内の価格の増額/減額を年度末に調整することが認められています。

・グループ内役務提供(Intra Group Services):グループ内役務提供が行われたかどうか、サービスの提供が独立企業間価格で行われていたかどうかの判断はOECDガイドラインに従うとされています。この点、専ら自らのために行う株主としての活動は子会社のための役務ではなく、親会社自身のための役務であると考えられています。また、役務提供が単なる一般的な管理活動の一部である場合は利益を上乗せする必要はないとされています。

・移転価格文書化:移転価格の文書化とは、国外関連者との取引価格が独立企業間価格である根拠を示す資料を作成することです。中国本土と異なり、香港において文書化は強制されてはいませんが、IRDは質問状において、独立企業間価格により取引を行っていることを証明する資料の提出を企業に要求する場合があることから、重要で、複雑な関連者間取引がある場合には、適切に文書化しておくことが望まれます。

 

⑶事前確認制度

 2012年3月にIRDは解釈通達(DIPN)48を公表し、2012年4月から香港において事前確認制度(Advance Pricing Arrangement=APA)を行うことができるようになりました。APAとは、一定期間(通常3〜5年間)における所定の関連者間取引に適用される移転価格算定方法に関して、租税協定締結国との間における相互協議手続条項に基づき、IRDと1つまたは2つ以上の異なる国の税務当局の双方を拘束する合意を行う機会を、香港の企業に対して与えるものです。APAは企業側の主導による自主的な申請であり、一般的に高い移転価格リスクを有している事例や極めて複雑と解される関連者間取引を行う場合により適している対応と言えます。APA申請は、対象となる関連者間取引の性質に応じて、以下のとおり一定の最低額を設定しています。

・売買取引の場合:年8000万香港ドル以上
・役務提供の場合:年4000万香港ドル以上
・無形資産の場合:年2000万香港ドル以上

 正式なAPA申請時から承認が得られるまでの期間は一般的には18〜24カ月ですが、内容の複雑さに伴いより長期間となる可能性があります。APA申請を検討する際の実務的な対応として、IRDは他国における税務当局の実務と同様に、企業に対して、APA申請の実行可能性を検討するために、匿名での事前相談を行うことを許容しています。これにより、APA申請が最終的に提出されたかった場合に、IRDが事前相談で収集した事実に対する情報を企業の税務ポジションの調査に使うことを回避することができます。

 

⑷終わりに

 上述したとおり、香港では移転価格の文書化義務はありませんが、香港企業が、企業グループにおいて重要な機能およびリスク等を有する場合、税務当局から移転価格の更正が求められた際の影響が大きくなる可能性があることから、適切に移転価格文書を作成し保存することが望まれます。また、移転価格文書化における会社の機能およびリスク等の分析は、グループ内の価値創造に対する貢献度の分析とも言えることから、経営の観点からのサプライチェーンの最適化の検討にも資するものであると考えられます。 

※本記事には私見も含まれており、筆者が勤務する会計事務所とは無関係です。
(このシリーズは月1回掲載します)

 

筆者紹介

小川 康弘(おがわ やすひろ)
Deloitte Touche Tohmatsu香港事務所シニア マネジャー 日系企業サービスグループ
2000年4月、監査法人トーマツ(現有限責任監査法人トーマツ)東京事務所に入所後、主として国内上場企業の法定監査業務に従事。2012年7月からデロイト香港事務所に駐在し、日系企業に対する監査、税務及びコンサルティングサービス等を提供している。
連絡先:yaogawa@deloitte.com.hk
サイト:www.deloitte.com/cn