香港ポスト ロゴ
  バックナンバー
   
最新号の内容 -20150605 No:1432
バックナンバー

 

 

香港証券市場の概況と
日系企業の香港上場

 

 香港証券取引所および香港証券先物取引委員会が、従来認可していなかった国・地域で登記された企業の上場受け入れを本格化したことから、2010年頃からアジア・中国での知名度向上等を目的として、COACH(米国)やPRADA(イタリア)等の外国企業の上場が多く見られることとなりました。日系企業においても、1990年代から香港子会社を上場させている事例はありましたが、2011年に日本企業初のセカンダリー上場(東京証券取引所との二重上場)、2012年には日本企業初のプライマリー上場(日本で未上場の企業が香港証券取引所で上場)するなど、近年新たな動きが出てきています。本稿では、香港証券市場の概況を俯瞰すると共に、日系企業の香港上場について解説します。
(デロイト トウシュ トーマツ香港事務所 杉原 伸太朗)

 

香港証券市場の概況

 香港証券取引所に上場する企業の2014年12月末時点での時価総額は3・2兆米ドル(約383兆円)と、アジアでは日本、中国本土(上海・深&`合計)の株式市場に次ぐ時価総額となっています。香港証券取引所の「Main Board」市場には1548社、「Growth Enterprise Market (GEM)」と呼ばれる新興企業向けの市場には204社が上場しています。米国、英国をはじめとする欧米諸国、中国およびアジア諸国の多様な海外投資家へのリーチを背景に、2014年の新規上場による資金調達額では、ニューヨーク証券取引所に次ぐ世界第2位の座を確保しています。また、日系企業の海外上場先として検討対象となることの多いシンガポール市場と比較しても、市場の規模感、厚みについて現状ではまだまだ先んじていると言えます(図表1)。
 

 

香港上場のメリットと取引所の姿勢

 香港上場のためには国際的な水準での決算ディスクロージャーやガバナンス体制の構築が求められるため、香港市場に上場することで、自社が国際的なスタンダードに沿った体制を実現しているグローバル企業であるということを投資家に対して示すことができるという側面があります。

 香港証券取引所は、アジアの主要市場としてあり続けるために、中国のみならずアジアでのビジネス展開を進める外国企業を積極的に誘致するとともに、外国企業が上場する上で留意すべきポイントを明確化するなどの実務的な対応も図っています(注1)。現状、香港市場に上場する企業は金融業、不動産業、小売・サービス業等の比重が高いこともあり(図表2)、市場構成銘柄の多様化を意図してインターネットサービス業を含むテクノロジー系の企業に関心を寄せているようです。

 

日系企業の香港上場の現況

 2015年4月末現在、香港証券取引所に上場している日系企業はプライマリー上場で6社、セカンダリーで1社となっています。歴史の長いところでは、日本の上場企業の香港子会社が経営の現地化による事業拡大等を目的として90年代に上場し、その後も当地での事業拡大を果たしている例があります。また、日本で未上場である親会社傘下の現地法人として中国で事業展開する企業が、ケイマン法人を上場主体としてGEMに上場後、数年後にMainboard上場を果たしている事例もあります。

 近年の規制緩和を受け、日本で登記された企業が直接香港上場を果たす事例が出てきています。業種は金融サービス、小売、サービス(娯楽)と様々で、資金調達額もゼロから200億円程度までありますが、香港上場の主たる目的を資金調達よりも事業戦略上の様々な目的においているケースが多いように見受けられます。一方、香港上場を果たしたものの、上場当初の意図を達成した等の理由で上場廃止を選択している企業も出てきています。

 

日系企業が香港上場準備を進める上でのポイント

 日系企業の香港上場にあたっては、香港で上場する理由、上場をその後の成長にどう活用してゆくかというエクイティ・ストーリーが求められます。上場準備は、スポンサーと呼ばれる会社または金融機関のサポートのもと進めることになります。具体的には、社内に上場プロジェクトチームを立ち上げ、弁護士、会計士等の外部専門家を活用しながら上場スキームの策定、採用する会計基準の選択および監査対応、グループ会社の組織再編に伴う課税関係の整理、香港上場基準において求められる水準での内部統制構築・コンプライアンス対応を行いつつ、各種上場申請書類の作成を進めていきます。

 日本の上場プロセスと比較すると、比較的短期間かつ外部専門家活用の比重が高くなりますが、社内リソースについても、上場会社に求められる専門的能力を持つ人材のみならず、コミュニケーション円滑化のためのバイリンガル人材などの手当も必須となります。また、数多くの関係者が関与する中、限られた時間での意思決定が必要となる局面も多いため、高いレベルでのプロジェクトマネジメントスキルが求められます。

 

おわりに

 近年、日本市場におけるIPOも活況となり、多額の資金調達に成功する事例が目立っています。かような環境において、相応の費用が発生する香港での上場を選択することについて利害関係者の理解を得るためには、その目的を明確にする必要があります。アジア・中国へのコミットを示す、国際的な水準での経営体制を整える、経営の現地化を進めるとともに現地従業員へのインセンティブとするなど、企業のおかれた環境により様々ですが、コストを上回るメリットを十分にイメージできるストーリーが描けるかどうかが重要なポイントとなります。

 上場プロセスを円滑に進めるためにはもちろんですが、香港上場を事業拡大、経営管理のための強い組織作りの機会とし、その後の一層の成長のためのきっかけとするというトップマネジメントの強い意志が、香港上場による真の成果を得るために何よりも大切であると考えられます。

※1…香港証券取引所Webサイトにて"Country Guide on Japan"などを公表
※本記事には私見が含まれており、筆者が勤務する会計事務所とは無関係です。

(このシリーズは月1回掲載します)

 

筆者紹介

杉原 伸太朗(すぎはら・しんたろう)

Deloitte Touche Tohmatsu香港事務所 日系企業サービスグループ シニアマネジャー 日本国公認会計士
米国系金融機関勤務を経て、2002年監査法人トーマツ(現有限責任監査法人トーマツ)入所。トータルサービス部門にて国内上場企業の法定監査業務、ベンチャー企業やバイアウト・ファンドの投資先に対する株式上場支援業務や中堅企業に対するコンサルティング業務に従事する傍ら、株式上場をテーマとしたセミナー講師なども務める。2011年7月からDeloitte Touche Tohmatsu香港事務所に駐在し、日系企業に対する監査、税務、M&A関連サービス及び香港上場支援業務を手掛けている。連絡先:ssugihara@deloitte.com.hk