#112 香港とASEANの自由貿易協定
「華南ビジネス最前線」では、お客様からのご質問・ご相談が多い事項について、理論と実務の両方を踏まえながら、できるだけ分かりやすく解説します。
(三菱東京UFJ銀行 香港支店 業務開発室 アドバイザリーチーム)
今月の質問
香港とASEAN諸国で自由貿易協定が締結されたようですが、その内容について教えてください。
2017年11月12日、香港は東南アジア諸国連合 (以下ASEAN)と、自身にとって6番目の自由貿易協定(FTA)である「香港・東南アジア諸国連盟(ASEAN)自由貿易協定(以下AHKFTA)」および「投資協定」に調印した。
両協定は、2013年から3年以上の交渉を経て締結に至ったもので、各国での手続き終了後、早ければ2019年1月1日に発効する。ASEANと中国の間には、2010年に「中国ASEAN自由貿易協定(ACFTA)」が発効済みであるが、香港は一国二制度の下で条約の締結主体となることや、ASEAN諸国から香港に対して別の枠組構築を求められた背景等により、ACFTAの枠組みに加えられていなかった。両協定発効後、貨物やサービス貿易におけるさらなる開放・優遇措置のほか、投資、政府調達、知的財産権、人の移動、ビジネス環境整備など、幅広い範囲での提携により、締約国間の貿易・投資の往来が従来より円滑に進むことが見込まれる。
1.ASEAN市場の成長性と「一帯一路」
ASEANは従来より香港にとって重要な貿易のパートナーである。香港政府の統計によると、2016年、貨物貿易では総額8330香港ドルと、ASEANは香港にとって第2の貨物貿易パートナーであった。サービス貿易では、2015年、ASEANは香港にとって第4のパートナーで、総額は1210億香港ドルに達した。ASEAN諸国のGDPは経済発展により年々増加しており、今後も香港にとって重要な経済協力相手であると考えられる。
また、すべてのASEAN諸国は中国が国家戦略として提唱する「一帯一路」の沿線国であるため、AHKFTAとの投資協定締結によって、香港とASEAN諸国が緊密な経済関係を構築し、「一帯一路」による商機を生かすことが想定できる。香港は従来中国と海外を結ぶ貿易・投資の中継地として活用されてきたが、「一帯一路」の構想に伴い、AHKFTAの締結が香港のみならず、中国から香港を中継地としてASEAN諸国への投資拡大をより一層促す可能性も考えられる。
2.貨物貿易分野での開放
香港・ASEAN間の貨物貿易の連携強化を図るため、AHKFTAの「原産地規則」条件を満たせば、締約国を原産地とする貨物に対する関税を撤廃あるいは軽減の優遇を享受できる。輸入品目毎の関税率は各国によりそれぞれ異なるが、本協定の「実行関税率表」から見ると、ブルネイとマレーシアはアパレル関連の98%等、ラオスとフィリピンはジュエリー等、フィリピンは玩具・ゲーム・スポーツ用品等、ベトナムはキッチン・家庭用品等に対する関税を協定発効から10年以内に撤廃するほか、幅広い物品が減税・関税撤廃の対象となる。
シンガポールは元々自由貿易港であることから、現状、一般関税の課税対象はHSコードで6品目(アルコール類)のみであるが、AHKFTA発効と同時に特恵関税が適用され、関税がゼロとなる。シンガポール以外のASEAN諸国では、下記スケジュールに基づき該当品目の段階的引き下げ・撤廃が進む予定である。
3.サービス貿易分野での開放
香港は従来より海外からの投資に対する規制を特に設けていないが、AHKFTAの締結により、ASEANは香港サービス提供者からの直接投資に対する規制緩和を進め、市場参入に対する優遇措置を与えている。ASEANが承諾した世界貿易機関(以下WTO)基準(注)と比較すると、AHKFTAにより「商業拠点の設立(外国資本の参加制限等)」と「人の移動分野」などによる事業環境整備の点で、香港企業はより高い水準の便宜を享受できることになる。ASEAN諸国によって各サービス分野における優遇措置や開放内容が異なるが、専門サービス、通信、電信、建設と関連工事サービス、教育、金融、観光・旅行、運送、仲裁など、香港にとって競争力が高い分野で、ASEAN諸国における事業展開を円滑に推進できることが期待される。
「商業拠点の設立」における外資制限については、マレーシア、フィリピン、ベトナムなどにおける多くの業界について香港企業に対する投資制限を緩和している。例えばマレーシアにおけるデータベースサービスへの出資可能な比率を30%から引き上げ完全独資での進出を認めるほか、タイにおいては禁止類である鉱業・工業・水道施設の建設への出資比率が70%まで可能になる。サービス貿易の自由化に加え、締約国間の経済発展を更に促進するためには、「人の移動」が重要な役割を占めるが、AHKFTA発効後、香港人は短期出張にあたり、ASEAN域内での滞在有効期間が従来の7〜14日以内から90日以上に延長されるほか、従来対象外であった、個人専門家等も当該措置の適用対象となる。ASEAN諸国おける人材配置が、当該措置で従来より柔軟で円滑に実現できる。
4.「投資協定」の内容
「投資協定」とは、投資家および投資財産に法的な保護を与え、投資を自由に行える環境を整えるという約束である。本協定には、内国民待遇(サービス貿易以外)、投資の公正・公平待遇、立ち退き補償、投資・収益の送金自由などの規定と仲裁規定が含まれることに加え、投資家と投資受入国間に紛争が起きた場合の紛争解決制度が導入されている。
ASEAN諸国への投資にあたり、投資家への保護策を講じることで投資リスク問題の解決を図り、更なる投資を生み出す契機となり得るほか、投資受入国にとっても直接投資の増加が経済発展を促すことが期待できる。
5.香港の役割と可能性
本協定の承諾により、ASEAN対香港の関税減免はWTOのサービス貿易協定(GATS)での取り決めを上回る。加えて、サービス貿易の自由化、投資保護の承諾により、香港とASEAN諸国間の経済的な結びつきは強まるであろう。香港企業の製造拠点は中国等、他地域に立地することがほとんどであることから、貨物貿易における大きな優位性とはならないものの、一部宝飾品関連やアパレル等、香港の伝統的産業については、輸出競争力が高まることが期待される。また、ASEAN諸国へのサービス投資の自由化範囲を拡大することで、香港-ASEAN間の貿易が更に拡大するとみられる。
また、先述の通り、AHKFTAでは投資制限の緩和も盛り込まれているため、グループにとって最適な生産ネットワークを構築するため、当枠組を利用し、香港経由で積極的にASEAN諸国へ進出していくことも考えられる。中国は2013年に「一帯一路」構想を提起し、中国国内に止まらない広域での地域戦略を目指している。香港は「一帯一路」における21世紀海上シルクロードの要衝の一つであり、ASEANは「一帯一路」の沿線国である。今後、香港は中国企業とASEAN企業を更に結び付ける役割を担い、貿易と投資の中継地としての力を発揮するほか、法律・会計などの各種専門サービスの提供等、香港独有の優位性を活かし、地域経済全体の発展に貢献することが期待される。
(執筆担当:馮雍婷)
※注…ASEAN諸国と香港はWTO加盟国である。WTOでは155業種のサービスを①越境取引②国外消費③拠点設置④自然人の移動という4つに分類し、それぞれに国際ルールを定めている。(このシリーズは月1回掲載します)
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