第51回 スポーツキャスター

ひと口に「仕事人」と言ってもその肩書や業務内容はさまざま。そして香港にはこの土地や文化ならではの仕事がたくさんある。そんな専門分野で活躍する人たちはどのように仕事をしているのだろう? 各業界で活躍するプロフェッショナルたちに話を聞く。( 取材・武田信晃/月1回掲載)

東京五輪を放送できたら最高

世界的に注目を集め出したエレクトリック・スポーツ(Eスポーツ)の勉強も始めたそう

 日本でも香港でもスポーツ中継の実況はほとんどが男性だが、陳欣欣さんは有線電視のスポーツ番組においてこの道約20年の経験を誇るプロだ。スポーツに関する知識量や見識は半端ではない。休暇中でも「ローランギャロスに行ってきた(テニス全仏オープンの会場)」というふうに、現地で撮影した写真をSNSにアップすることも多く、彼女のスポーツへの愛情も感じる。

 元々は亜洲電視(ATV)の女優やテレビ番組のプレゼンターをしていたが、有線電視が2000年に開催されたサッカーのヨーロッパ選手権の放映権を取得し、陳さんが番組を担当することになったのがスポーツキャスターになったきっかけだ。

番組収録時のようす(写真は陳さん提供)

 それまでは特段にスポーツに関心があったわけではないので、取材と猛勉強の日々が始まった。「当時はまだ今ほどインターネット環境が発達していませんでしたから、いろんな文献などを調べて、自分なりの中継用ノートを作りました」。ノートをみると、自分で作った資料の上からさらに書きこんだメモでいっぱいになっていた。「今はITデバイスを使って中継をしながら検索できるようになったので、昔よりは楽になりましたよ」と笑う。

 スポーツを視聴者に分かりやすく説明するだけではなく、より関心を持ってもらうことにも腐心する。「ゴシップネタではないですが、ちょっとした選手の話題を盛り込みます。ロボットではなく人間がプレーしているのですから、彼らの人間性が伝わるような放送をしたいからです」とその意図を話す。

番組を進めるため、陳さんが独自に作った資料の一部(陳さん提供)

 放送のパートナーとなる解説者にも気を配っている。「技術的なことは当然、解説者にふることになりますが、緊張感もありますからスムーズに話してくれるとは限りません。コミュニケーションを良く図るのと、話しやすいスタジオの雰囲気づくりを心掛けています」と画面の裏側では細かな苦労を話してくれた。

 もう1つ気をつけていることがある。それは発音だ。近年、日本語が乱れているといわれるが、言語の性格上、正しい発音が要求される広東語ではより深刻だ。「例えば、ゴシップを意味する『緋聞』という言葉の場合は、正しい発音は『非』聞なのですが、『匪』聞と言ってしまう人が多いのです」。女優でもあった陳さんはテレビで番組を担当する以上、アナウンサー同様に正しい発音をしなければならないと考えている。

 「ゴールはないですね。1つの中継に完璧なものはあり得ませんから。その時できることをやっていくしかないと思っています」と、まさに仕事人らしい答えが返ってきた。大の日本好きで「数えられない」と言うほど日本を旅行しているが、「もし東京五輪の放送を担当できたら最高ですね」と目を輝かせた。

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