本音が出て来ない「一帯一路」

本音が出て来ない「一帯一路」

 中国の習近平・国家主席は5月15日、シルクロード経済圏構想「一帯一路構想」についてオープンな世界経済とグローバル化のリバランスを目指し、貿易自由化を志向すると語った。すべての関係者が共に協力すれば「平和と繁栄」への道は達成可能とも述べた。表向きはバラ色のシナリオであるが、本音はなかなか出て来ない。各国の思惑とは?
(ICGインベストメント・マネジメント代表・沢井智裕)

 2月にアジア開発銀行(ADB)が発表した報告書によると、アジア太平洋地域の開発途上国が現在の経済成長を維持するとすれば、2030年までのインフラ需要が22・6兆ドル(米ドル、以下同じ)、年間1・5兆ドルを超えるとの見通しを示している。気候変動の緩和や適応への対応の必要額を含めた場合の予測額は26兆ドル、年間1・7兆ドルを超える。アジアにおけるインフラ需要は莫大な投資金額になることは間違いない。

 「一帯一路構想」はこれらの需要を取り込み、陸路では中国西部から中央アジア、そして欧州へ。また海路は中国沿岸部から東南アジア、インド、アラビア半島、アフリカ諸国にインフラ整備が整う大きな計画である。ただいつも一帯一路構想について議論される時は「いい事づくめ」で各国共にネガティブな意見を表明する事が難しい雰囲気なのが残念なことだ。どの国も中国政府に遠慮して「本音」を言わない。

 先進国も発展途上国も、国内の格差問題に悩まされており、比較的単純労働も含まれるインフラ整備は是非取り込みたいところである。しかも資金の大部分は中国の外貨準備の2兆ドルから出てくる訳であるから、各国揃って「ただ飯」を食いたい訳である。つまり国内の景気がイマイチはっきりせず、ビジネスがうまく行っていない国が多いことで、「資金は出さないが、資金を使いたい」というのが本音であろう。

 習主席は一帯一路フォーラムにおいて改めて沿線国などに総額約8600億元(約14兆1000億円)の融資・援助を行う姿勢を示し、2014年に設立したシルクロード基金の規模をいまの400億ドル(約4兆5千億円)から更に1000億元(約1兆6千億円)増額するとも語っている。

経済効果は期待出来る

 基本はボランティア、経済効果はあるのか? もちろんあるに決まっている。これだけのお金をばら撒く訳だから、経済効果がない方がおかしい。但し経済効果は未来永劫続くのではなくて賞味期限が決まっているだけだ。道路や港湾、鉄道や橋といったインフラが出来上がった時点で終わる。当面、雇用創出は出来るが、毎年赤字を垂れ流すことになるので、資金が継続している間は問題ないが、いずれインフラ整備で出来た採算の合わないプロジェクトを誰がコスト負担するかを議論しなくてはならない時が来る。

 インフラは維持費に莫大な費用が掛かる。空港や港湾、道路や橋梁は造って終わりではないのである。もしこれらのインフラ事業が本当に儲かる事業であれば、国家事業だけでなく、10兆、20兆円規模で社内留保のある民間のキャッシュリッチ企業が投資してもおかしくない。もし採算に適う事業であれば、インテルやマイクロソフト、アリババ、サムソンやソフトバンクといった企業群が、世界の大手金融機関とシンジケートを組んで、とっくの昔にプロジェクトを立ち上げているはずである。

前近代的な経済刺激策

 現代においては過小資本で最大利益を享受できる経済構造に変革しつつある。それが世界経済に恩恵を齎していない最大の理由であると考えるし、またそれは21世紀後半に掛けて恐らく世界の技術を凌駕するであろう人口知能(AI)やロボットも同じで、効率化が進み人材も必要なくなる。つまり中国政府が行おうとしているインフラ投資は、これから起こるイノベーションとは真逆で、いわば20世紀型の景気刺激策なのである。

 小売業がモノを販売する時に、ひと昔前であれば、テレビで宣伝広告を打ち、大量に雇用を増やし、大規模店舗を構えた。それがかつてのビジネスモデルであった。しかし世界有数のIT企業を見ているとテレビでの宣伝広告よりも低コストのソーシャルネットワークを活用し、人員の代わりにネットマーケティングを駆使し、店舗は必要最小限に抑えられている。それが現代の利益最大化の奥義である。人材はコンピューターにとって代わり、大型ドローンを飛ばし、空飛ぶ自動車を開発し、ロボットが建設現場で働く未来を予見する者にとっては、陸路、海路の整備を謳われても、なにか時代遅れで、エキサイティングな感情は生まれて来ない。

 もしかしたら長期プロジェクトの現代版シルクロードはまったくの無用の長物になるのかもしれないのだ。ではなぜ一帯一路構想が生まれたのか? 問題は中国は構造改革をしないで景気回復を望んでいる点だ。これは後に非常に大きな問題となって自国に降りかかってくる。つまり経済発展が自ずと人民元高を生んだ。人民元高になったら輸出産業が競争力を失い、中国経済が立ち行かなくなる。では輸出型の経済から内需主導型の経済に変わればいい。国有企業を解体し、逆に人民元高を利用して内需産業を育てるのだ。しかし国有企業には共産党幹部の家族や親せきが重要ポストについて甘い汁を吸い続けている。その利権は簡単には手放せない。輸出産業で失業した人たちは、内需産業という新産業を育成して、労働力を移動させればいいのである。 

 その構造改革を先送りにするための「一帯一路」ではないだろうか? 国内では容赦なく汚職の摘発が行われる。一般庶民はその摘発を拍手喝采で見守る。しかし政治は自由に使える莫大な資金を持って初めて運営出来る。発展途上国の政府や国有企業との取引ならばリベートも容易に手にすることが出来る。アフリカ、南アジアの国々ではリベートやキャッシュバックの文化は健在である。いずれにしてもみんな短期的にお金儲けが出来るのだから採算など考えなくてもいい。恐らくそれが参加各国の本音ではないだろうか。

トム:2030年頃には世界は自動運転自動車で居眠りしながら旅行する事が出来るようになるぞ。イスラエルのモバールアイ社のCEOのアムノン・シャシュア氏は99年の創業以来、自動運転自動車の事ばかり考えていたんだ。

ジェリー:この人は教授でもあるのよ。2000年初頭に当時は自動車大国であった日本によく出張で来ていたのよ。大手自動車産業の幹部クラスを前に何度も自動運転車開発のセミナーを開催したそうよ。

トム:へ~、あのころから自動運転車の事を考えていたのか。わしは自動運転と言えば、孫悟空のキン斗雲かハクション大魔王のじゅうたんぐらいしか思い浮かばなかったよな。

ジェリー:でもシャシュア教授は、そのセミナーで日本の自動車産業のレベルの高さを思い知るのよ。教授に浴びせた日本人技術者の質問が非常に良くて、難題をぶつけてきたそうよ。そしてその難題をイスラエルに持ち帰って解決しながら自動運転車の開発に役立てたそうよ。

トム:教授も日本遠征がなければニューテクノロジーの開発は出来なかったんだな。さすがは日本の会社だ。

ジェリー:でもその時に日本の自動車産業が自動運転車の開発に心血を注いでいたら世界のリーダーになれたのよ。

トム:それは日本の文化からして無理な~のだ。誰かに先にやらせるのだ。

ジェリー:どうしてそこはバカボン口調になるの? 

トム:いや、バカボンではなく、バ~カボンのパ~パな~のだ。

ジェリー:日本の会社にはイノベーションに集中して欲しいよね。同じ日本人として何とか言ったらどうなの?

トム:それは時期が参りましたら改めてお話しします。この場では差し控えさせていただきます。

ジェリー:その受け答え、どこかで聞いたわよね。

【一帯一路】 

 中国の習近平・国家主席が提唱した経済圏構想。中国西部と中央アジア・欧州を結ぶ「シルクロード経済帯」(一帯)と、中国沿岸部と東南アジア・インド・アラビア半島・アフリカ東を結ぶ「21世紀海上シルクロード」(一路)の2つの地域でインフラ整備および経済・貿易関係を促進するというもの。そしてアジアインフラ投資銀行(AIIB)や中国・ユーラシア経済協力基金、シルクロード基金などでインフラ投資を拡大するだけではなく、中国から発展途上国への経済援助を人民元の国際準備通貨化を目標に中国を中心とした世界経済圏を確立するとも言われている。

筆者紹介

沢井智裕(さわい・ちひろ)
ICGインベストメントマネジメント(アジア)代表取締役
ユダヤ人パートナーと資産運用会社、ICGインベストメントマネジメントを共同経営。ユダヤ系を含め約2億米ドルの資産を運用する。2012年に中国本土でイスラエルのハイテク企業と共同出資でマルチメディア会社を設立。ユダヤ人コミュニティと緊密な関係を構築。著書に「世界金融危機でも本当のお金持ちが損をしなかった理由」等多数。 (URLhttp://www.icg-advi sor.net/)

このシリーズは月1回掲載します

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