「壱伝媒集団(ネクストメディア)」が雑誌事業を売却する。元会長の黎智英氏は米国まで金策に走ったといわれるが…。
ゴシップ新聞の先駆け『りんご日報(蘋果日報/アップル・デイリー)』を発行する香港の上場企業「壱伝媒集団(ネクストメディア)」が経営難から雑誌事業を売却する。
同グループは7月17日、雑誌『壱週刊』とすでに休刊となっている『忽然1周』『FACE』『ME!』『Next+One』の香港と台湾の業務権益を香港の実業家、黄浩氏に売却すると発表した。傘下の雑誌のうち『飲食男女』と『交易通/青雲路』は引き続き同社で発行するが、『飲食男女』は紙媒体を休刊し、ウェブ事業のみとなる。
同社の看板雑誌『壱週刊』は1990年創刊。香港で初めて欧米のパパラッチを導入し、有名人のプライバシーを暴露するなど過激な内容で売り上げを伸ばした。95年に創刊した『りんご日報』も同様の手法で大衆紙の代表格となり、香港2位の発行部数を誇った。また、97年創刊の雑誌『飲食男女』はグルメ情報にとどまらない特集記事が人気を呼んだが、紙のメディアが斜陽化する中で売り上げは低迷していた。
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ネクストメディアはメディア界の異端児、黎智英(ジミー・ライ)元会長(『りんご日報』元社長)が創設した。黎氏は中国政府からもっとも煙たがられている反中派香港財閥の1人。1989年の「天安門事件」の際、カジュアル衣料チェーン「佐丹奴国際(ジョルダーノ・インターナショナル)」の社長だった黎氏は、事件への抗議メッセージをプリントしたTシャツを販売。94年には同事件処理を主導した李鵬・元首相ら中国首脳部を批判する公開書簡を出すなど、中国政府批判を繰り広げてきた。
94年当時、ジョルダーノは中国本土に100店舗以上を展開していたが、公開書簡を出した後、各地の店舗が次々に経営認可を取り消された。名目は「店舗運営上の理由」だが、事実上の「制裁」だったとみられている。責任を感じた黎氏は同年、自ら創業したジョルダーノを退社。メディア事業に専念する。
黎氏の退陣後、ジョルダーノの本土展開は復活。現在、本土の売り上げは香港を上回る。ジョルダーノの運営手法はユニクロが創業時に手本にしたといわれ、アジアのファッション界に新風を巻き起こした。今の発展は、黎氏のビジネスセンスの賜物だろう。
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黎氏は1948年、広東省・順徳の寒村で生まれた。香港への憧れを胸に12歳のとき蛇頭(スネークヘッド)の手引きで香港に密入境。衣料工場で少年工となった。仕事が終わると寝る暇を惜しんで英語を学び、読書をした。工場の管理職に出世した黎氏は1973年、株式信用取引で1万ドルの元手を70万ドルに増やし、それを資金に衣料工場を買収。81年に「ジョルダーノ」1号店をオープンした。ジョルダーノの商品はシンプルかつ個性的なデザインと手ごろな値段が若者に支持され、瞬く間にカジュアル衣料のトップブランドに成長した。
ジョルダーノを退いた黎氏は、自社メディアを通じて中国政府批判やスキャンダル報道を繰り広げ、同業者や芸能関係者らからも「部数を伸ばすために他人のプライバシーをさらす」と批判された。『りんご日報』の紙名は旧約聖書に由来している。「もしイブがリンゴをかじらなければ、この世には罪悪も非もなく、従ってニュースもあり得なかった」というのが命名理由だ。
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中国政府を敵に回し、香港でも批判の多かった黎氏は、2001年に台湾で『壱週刊』台湾版を創刊。台湾にゴシップとパパラッチ文化を持ち込んだ。
黎氏は台湾移住を試み、2003年に『りんご日報』台湾版を創刊。09年には台湾籍を取得、同年にテレビ局『壱電視』を開局したが、ライセンスの認可に時間がかかり、取得後も有線テレビで放送できないなどの要因で赤字が膨らんだ。台湾でのメディア運営に行き詰まった黎氏は事業の売却を画策するも、メディアの独占事業に反対する学生運動の盛り上がりで頓挫していた。
香港でもグループは過去数年にわたり赤字を計上。特に雑誌業務は深刻で、13年には黎氏の頭に『壱週刊』の売却が浮かんでいた。米国とのパイプがある黎氏は、今年3月に支援を求めて自ら米国に赴き、ジョン・ボルトン元国務次官(元国連大使)や米軍幹部と会談。米国が台湾への関与を強化することに同意を表明した。5月にも米国でトランプ大統領の支持者らと面会したが、媚米工作は失敗したとみられ、雑誌業務売却の発表に至った。
民主派への黎氏の献金が暴露されたのは14年。同年の雨傘革命(セントラル占拠行動)では後方支援を行い、終えん時の座り込みに参加し逮捕。グループの役職を退いた。ただし『壱週刊』幹部はグループの運営問題が政治弾圧によるものとの見方は否定している。
一方、新オーナーとなる黄氏は香港のフリーペーパー『都市日報』の元オーナー。かつて台湾や香港で芸能マネジャーを務めたこともあり、私生活での噂は芳しくない。売却総額は推定約5億ドルで、9月末までに取引を完了させる。雑誌業務の売却を受けネクストメディアの株価は7月17日の取引再開後に最大で約60%上昇し、過去1年半で最高に達した。
(この連載は月1回掲載します)