《101》深圳市30年の軌跡と奇跡 〜世界の工場から紅いシリコンバレーへ②

中国が現在の経済大国に至るまで、その成長を支えてきたのが、広東省深圳市である。対外開放の先行・試行地域として、多くの外資企業をいち早く受け入れ、世界の工場の礎を築き、今日では「紅いシリコンバレー」と呼ばれる、最先端の電子産業都市として発展を続けている。みずほ銀行(中国)深圳支店は今年、30周年を迎える。深圳市と、当地で中国ビジネスに取り組む日系企業とともに歩んだ30年を振り返りつつ、その軌跡と奇跡をたどる。
〈みずほ銀行(中国) 深圳支店 中村朋生〉

(前回から続く)
⒋無限の可能性を有するこれからの深圳市—変革期—

今後の深圳市はさらなる変革が期待され、すでに述べたように中央政府からも変わり続けることと、結果を出し続けることが求められている。

中国広東省指導部は16年5月10日、同省の第13次5カ年計画期間(2016年〜20年)の取り組みに関する要綱を発表した。中国全体では2020年までの実現を目指しているが、あえて2年前倒し、18年に率先して「小康社会 」を実現させること等がその柱となっている(図表)

「小康社会」の現実に向けた具体的目標
(出所)各種資料よりみずほ銀行(中国)深圳支店作成

とりわけ、深圳市に関しては「東進戦略を実施するための行動計画」の中で、市東部の開発計画や目標を示しており、交通インフラ、産業振興、公共サービス、都市開発の4分野342事業において、1兆4000億元を投じる計画を明らかにしている。龍崗区中心部と坪山新区中心部の位置づけを格上げし、東部の中心として発展させるほか、交通網を発達させることで、西部との融合を図り、「西高東低」の傾向に歯止めをかけようとしている。

産業振興の観点ではファーウェイやBYD等が東部に本社を置くものの、西部と比較すると東部全体の産業規模は小規模だという現状を打破したい考えが背景にある。今後、5年程度の期間を費やし、すでに整備を始めている学研都市「国際大学園」等をイノベーションのけん引役とし、「東部イノベーション産業ベルト」を構築する計画だ。また、新たな切り口として大鵬湾や大亜湾等の自然の恵みを生かした「黄金海岸観光ベルト」を作り、世界レベルのビーチリゾート・エコツアーによる観光客の取り込みを標榜し、観光産業の発展も視野に入れている。

こうした取り組みを見ると、これまで深圳市が成長を遂げてきた歴史と、市政府が描く深圳の新たな物語の情景や登場人物が異質であることは想像に難くない。とはいえ、今後の深圳市の経済成長は、ハイテク産業を基盤に、クリエイティビティーやイノベーションといったキーワードによるものが大きくなろう。かかる環境下、日系企業はどのような経営戦略を施せば、この深圳市での成長を続けることができるのだろうか。

⒌日系企業の挑戦は始まったばかり—

90年代以降、日本はその安価で大量の労働力に魅かれ、中国に多額の投資を行い、モノづくりの主戦場を中国へと移してきた。一部、高度な技術を要する生産工程に限っては、安定的な供給や技術漏洩防止のため国内に残していたが、少なからず日本国内の産業空洞化という問題を引き起こした。それでは、これまでモノづくりを中心に成長してきた深圳市も、日本が通ってきた道と同様の道のりを歩み、海外への道を切り開くのかと問われれば、答えはノーであろう。

深圳の現在の労働市場に目を転ずると、かつての様相からは一変し、労働力は決して安価とは言えず、技術力も高まっている。先述の通り、産業の高度化も着実に押し進め、すでにエレクトロニクスの街として十分確立しており、サプライチェーンも完成しすぎている。特に高度な付加価値を求められる産業であればあるほど、安価な労働力を求めて東南アジア等へ展開しても、部材の調達にコストも時間もかかり、そのメリットは十分享受できないだろう。

従って、今後の日系企業はこの完成したサプライチェーンを有効活用することによる成長が求められる。その一つのポイントは「非日系企業との協業」だ。
これまで深圳に進出してきた日系企業は日本や香港との商流が確立されていたため、中資系企業や台湾系企業との連携、協業はどちらかというと敬遠してきた節が見受けられる。販売先に対しては債権の回収が可能か、仕入先に対しては要求通りの部材を期日通りに納入可能か等、サプライチェーンの一角に非日系企業が入り込むことは常にリスクだととらえられていた。

しかしながら、現在の事業環境ではビジネスのステージを見直してもいいタイミングに差し掛かっているのかもしれない。既述の通り、深圳では中資系、台湾系企業の台頭が目覚ましく、相応の実力もつけてきている。さらなるビジネスの発展のためにも、この成長著しい企業との協業という新たな橋をかけることを、検討の俎上に載せることも一考に値するだろう。それが頑丈な石の橋か、脆くも崩れ去るガラスの橋となるか、成功の鍵は日系企業独特のスピード感の是正だと考える。物事が決定するまでに、日本の1年間は米国シリコンバレーでは1カ月間、米国シリコンバレーの1カ月間は深圳では1週間といわれるほど差がある。そう遠くない未来の深圳で成功を収めるには、何よりもこの日本の50倍のスピード感についていかなければ競合他社に後れをとることになる。

日系企業が、ここ深圳を舞台に更なる飛躍、さらなる奇跡を起こすには、中資系・非日系企業が何を求めているのか、また彼らの何を尊重するべきかを常に念頭に置き、一つ一つ疑問を紐解きながら、互いに手を取り合っていく必要があるだろう。
(このシリーズは月1回掲載します)

【コラム】

紅いシリコンバレー

香港と深圳市のボーダーにあるショッピング・ビル「羅湖商業城」には、数多くの偽物商品が所狭しと並べられ、売り場を埋め尽くしている。深圳市はコピー商品のメッカというもう一つの顔を持つが、それがいま、巷間を賑わせている「紅いシリコンバレー」の原点の一つになろうとは誰が予想できたであろうか。

今やハイテク産業の集積地となっている深圳では、雨後のたけのこのようにベンチャー企業が誕生しており、その多くがIT関連等のハイテク産業に分類される企業である。携帯電話メーカーで世界シェア3位のファーウェイや、ドローンの世界シェア1位のDJI、メッセージアプリ「微信(We Chat)」を配信するテンセント、リチウムイオン電子から電気自動車・バスまで生産するBYDは、いずれも深圳が本拠地だ。

こうした多くの成功事例に惹かれ、近年、この成長著しい企業への憧れと野心をもった優秀な若者が国内各地または近隣諸国から深圳に集まっている。そして、その優秀な頭脳から吐き出されるアイデアを形にする工場が深圳には無数に存在する。それが、冒頭紹介したコピー商品の生産を担う工場である。発注した翌日には金型ができ、その数週間後には試作品が完成、その数カ月後には量産体制が確立されるという、驚きのスピードだ。試作品の製作と同様の短期間でアイデアを実物にすることが出来るため、深圳では日々、Trial&Errorが繰り返されていると言える。

こうして磨かれた新技術とスピード感により、「紅いシリコンバレー」は世界に対する存在感も高まりを見せている。その証左の一つが、中国国内における2015年の特許出願件数トップ10のうち、6社が深圳を本拠地とする企業であったという事実である。今後、この勢いが陰りを見せることは想定しがたく、ますます深圳市のプレゼンスは向上するであろう。

ただし、やはり世界の「メイカーズ」の憧れの眼差しは本場、米シリコンバレーに集中しているのではなかろうか。世界各地の優秀な頭脳を深圳に集約し、持続的な成長を実現するために、当局は外国人起業家向けの優遇政策を導入するなどの思い切った策が必要だろう。そうして世界中の優秀な頭脳を深圳で競わせ、場合によっては一流企業による就業体験、さらには社内ベンチャー制度を充実させる。こうしたことが可能であれば、深圳でもシリコンバレーに負けない「ベンチャーインフラ」がますます整っていくように見受けられる。

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