IAS第8号
「会計方針、会計上の見積りの変更および誤謬」
に関する改訂案について
現行の国際会計基準IAS第8号「会計方針、会計上の見積りの変更および誤謬(Accounting Policies, Changes in Accounting Estimates and Errors)」に関連して、近年、国際会計基準審議会(IASB)より公開草案が提案されています。本稿では、最近提案された公開草案ED/2017/5、公開草案ED/2017/6、公開草案ED/2018/1の概要を解説します。
(デロイト トウシュ トーマツ香港事務所 小間田 春彦)
⑴IAS第8号の概要
本基準は、会計方針の選択と適用、会計上の見積りの変更、誤謬の修正再表示に関する会計処理や表示・開示について規定しています。適用すべき基準が明確である取引については該当するIFRSに従って会計方針を決定し、そうでない場合は財務諸表利用者の意思決定に役立つための信頼性のある情報提供する会計方針を経営者の判断に基づいて決定し、適用することが求められています。
⑵公開草案ED/2017/5について
IAS第8号に規定されているとおり、企業は会計方針を変更する場合、その変更が行われる期において、あたかも変更後の会計方針が常に適用されていたかのように会計処理をすることになります。これは、財務諸表において開示される過年度の比較情報を変更することになります。一方、会計上の見積りを変更する場合においては、過年度比較情報については修正開示されないという違いがあります。
この会計方針と会計上の見積りについて、異なる企業が同じような方法で区分しているかどうか、IFRS解釈指針委員会が調査を行ったところ、実務上一貫性がないとの結論に至りました。そこで、IASBは「会計方針」および「会計上の見積もりの変更」の定義を明確にするため、下記のように定義を変更することを提案しました。
「会計方針」:会計方針とは、企業が財務諸表を作成表示するにあたって採用する特定の原則、測定基礎および実務をいう。
「会計上の見積り」:会計上の見積りとは、見積りの不確実性により、財務諸表上のある項目を正確性をもって測定できない場合に、会計方針を適用する際に使用される判断または仮定をいう。
なお、本草案では同時に棚卸資産に関する提案もされており、これによると棚卸資産の原価算定方式の選択(先入先出法等)は、会計方針の選択であって、会計上の見積りではないと規定されることになります。
⑶公開草案ED/2017/6について
IASBは、IAS第1号「財務諸表の表示」、IAS第8号、および2018年3月29日に公表された改訂概念フレームワークに記載されている「重要性がある」等の定義を整合させるため、定義の修正を提案しました。
「重要性がある」:情報は、それを省略したり、誤表示したり覆い隠したりしたときに、特定の報告企業の一般目的財務諸表の主要な利用者が当該財務諸表に基づいて行う意思決定に影響を与えると合理的に予想しうる場合には、重要性がある。
この定義変更により、IASBは下記3つの事項について、より明確にすることを意図しています。
・定義に「または覆い隠す」を追加することにより、重要性のない情報を開示することで重要性のある情報を覆い隠すことは、重要性のある情報を省略することと同様の影響があることを明示すること。
・定義内の利用者の意思決定への影響について、「影響を与える可能性がある」から「影響を与えると合理的に予想しうる」にクライテリアを変更することによって、既存の定義ではあまりにも多くの情報が要求されていると解釈される可能性があるという懸念に対処すること。
・定義の「利用者」を「主要な利用者」とすることで、企業は財務諸表の主要な利用者(すなわち、すべての利用者ではなく、既存および潜在的な投資家、貸手および債権者)を考慮すべきことを強調すること。
⑷公開草案ED/2018/1について
IAS 第8号を適用する場合、企業が会計方針を変更するのは、その変更がIFRS基準で要求されているか、または財務諸表の利用者に提供される情報の有用性の改善となる場合のみになります。IFRS 基準で要求された会計方針の変更に当てはまらない、任意の会計方針の変更が行われる一般的な理由の1つとして、IFRS 解釈指針委員会が公表するアジェンダ決定(「アジェンダ決定」)に含まれている説明資料を反映することが挙げられます。
現行のIAS第8号においては、会計方針の変更を行う際に、当該変更の期間固有の影響または累積的影響を算定することが実務上不可能な場合は、実務上可能である最も古い期間から新しい会計基準を遡及的に適用し、その期首の資本を調整するよう求めています。
今回の修正案では、「アジェンダ決定」により生じる会計方針の任意の変更をより容易にするために、変更の遡及適用についての実務上不可能の閾値を下げるようにIAS 第8 号を修正することが提案されています。
具体的には、企業が当該変更の期間固有の影響または累積的影響を算定することが実務上不可能であることを立証する代わりに、当該変更の影響を算定するためのコストが、利用者にとって予想される便益を上回ることを立証できる場合に、救済措置が利用できるよう提案されています。
利用者の予想される便益の評価を行うにあたって、企業は、新しい会計方針を遡及適用することにより提供される情報がないことが、利用者が財務指標に基づいて行う意思決定にどのような影響を与える可能性があるかを検討します。本提案では、利用者が遡及適用から便益を得ている可能性を検討するにあたり、これらに限定されませんが、下記の検討事項を列挙しています。
①変更の性質
②変更の大きさ
③財務諸表全体にわたる変更の広がり
④変更が趨勢情報に与える影響
⑤遡及適用からの乖離の程度
また、企業にとって遡及適用による影響を算定するコストについては、企業は発生することが合理的に予想される追加コスト、および当該変更の期間固有の影響または累積的影響を算定するためにかけることが合理的に予想される追加的な労力を検討します。すなわち、企業は、新しい会計基準を適用するために必要な情報が、過大なコストや労力をかけずに合理的に入手できるかどうかを評価することとなります。
⑸おわりに
これら改訂案について、具体的にいつから適用されることとなるかは現時点で発表されておりません。公開草案ED/2017/5および2017/6については、草案に対するコメントの募集は締め切られており、今後IASBによる検討後、必要があれば修正の上で発効日等が決定されると考えられます。公開草案ED/2018/1については2018年7月27日がコメント期限になっています。会計方針の変更等は、企業の財務諸表に対し遡及的に影響を与える可能性のあるものであり、企業は今後も議論に挙がった事項について、注視していく必要があると考えます。
(このシリーズは月1回掲載します)
筆者紹介
小間田 春彦(こまだ はるひこ)
Deloitte Touche Tohmatsu
香港事務所金融サービスインダストリー
2012年2月、有限責任監査法人トーマツ東京事務所に入所後、主として国内、外資系金融機関の監査業務に従事。2016年9月からデロイト香港事務所に出向し、主に日系金融機関などに対する監査業務などを提供している。
連絡先:hkomada@deloitte.com.hk
サイト:www.deloitte.com/cn
※本記事には私見が含まれており、筆者が勤務する会計事務所とは無関係です。