125回 結束一黨專政(一党独裁を終わらせよ)

《125回》
結束一黨專政
(一党独裁を終わらせよ)

 香港メディアの香港政治関連の報道では、香港ならではの専門用語や、広東語を使った言い回し、社会現象を反映した流行語など、さまざまなキーワードが登場します。この連載では、毎回一つのキーワードを採り上げ、これを手掛かりに、香港政治の今を読み解きます。
(立教大学法学部政治学科教授 倉田徹)


憲法改正で新たなタブー
支連会5大綱領の1つが争点に

6.4デモ行進で掲げられた「一党独裁を終わらせよ」(写真:瀬崎真知子)

選挙の出馬資格めぐり情報錯綜

「憲法違反」のスローガン

今回のキーワードは「結束一黨專政」です。訳せば「一党独裁を終わらせよ」となります。「一党」は、ここでは勿論中国共産党を指しており、これは中国の民主化を求めるスローガンです。「結束一黨專政」は、毎年6月4日の天安門事件追悼集会を主催している支連会(香港市民支援愛國民主運動連合会)の「五大綱領」の一つに数えられ、毎年の集会で、このスローガンが繰り返し叫ばれてきました。しかし、2015年に「建設民主中國」という、これも「五大綱領」の一つであるスローガンが論争の的となったのに続き、今年は「結束一黨專政」が大きな争点となりました。ただし、「建設民主中國」が、「中國」という単語に反発した、学生らの急進派の若者に非難されたのと異なり、「結束一黨專政」への異論は、親政府派の大物政治家から提起されたものでした。

今年3月、全人代常務委員会が改選され、香港から民建連の主席も務めた元立法会議員の譚耀宗氏が選出されました。選出に先立ち、譚氏はサウスチャイナ・モーニングポスト紙のインタビューを受けましたが、その際、この3月の改正で、「中国共産党による指導は中国の特色ある社会主義の最も本質的な特徴である」との文言が中国憲法第1条に明記されたことを受け、今後「結束一黨專政」を叫べば憲法違反となり、立法会議員選挙で出馬資格を無効とされる可能性があると述べたのでした。

譚氏はこの発言をあくまで個人的な分析としていますが、北京で高位にある譚氏の発言だけに、議員の発言に新たなタブーを設けるのかと、疑念を招きました。

噛み合わない議論、錯綜する情報

「結束一黨專政」のスローガンに対しては、これまでも親政府派から反対の声がしばしばあがっていましたが、その中でもよく聞かれたのは、そもそも中国は「一黨專政」ではないという論でした。

現在中国には、共産党のほかに、8つの「政党」が存在します。これらの政党の存在には、中華人民共和国の建国史が関係しています。第二次大戦後、共産党と、当時中華民国の政権を掌握していた国民党の間で、内戦が発生しました。内戦において、共産党は主要な敵である国民党を孤立させるために、できる限り多くの中間派の者を味方につけるという「統一戦線」という方針をとりました。共産党の呼びかけに応じて建国に参加したのが「中国致公党」や「中国民主同盟」などの政党で、総称して「民主党派」と呼ばれます。最終的に内戦に共産党が勝利し、1949年10月1日に中華人民共和国が建国されましたが、民主党派は建国後も存続が認められました。これは、純粋な共産党の一党制を採用したソ連とは異なる特徴です。

もっとも、「民主党派」は中国共産党の指導を受けることが規定されており、日本などの民主主義諸国の多党制の下での野党とは根本的に異なる、一種の「衛星政党」に過ぎません。また、「民主党派」以外の政党を新たに結成することも許されません。したがって、通常、外からの中国に対する評価は、事実上の一党独裁国家ということになります。

しかし、中国は「中国には複数の政党がある」との立場です。抗議をされる側が、攻撃対象とされている問題の存在自体を認めない立場をとるわけですから、「結束一黨專政」の議論は噛み合いません。こうした議論を揶揄するかのように、昨年の香港の大学入試統一試験(DSE)では、1945年、毛沢東が当時の国民党の「一黨專政」を廃止せよと主張した発言を引いて「権力を掌握した後、共産党の指導原則は大きく変わったか否か」を論じさせる歴史科の問題が出題され、話題になりました。また、今年5月には、民主派の区諾軒立法会議員の支持者である葉錦龍氏が、中連弁ビルの目の前に毛沢東による「廢止一黨專政」の語を引いた横断幕を掲示して、国際的に関心を集めました。

今回の「結束一黨專政」に関する論争でも、中連弁の王志民・主任が「結束一黨專政」は「偽命題(存在しない問題)」であると述べています。他方で、王光亜・前香港マカオ弁公室主任は記者に対し、「結束一黨專政」を叫ぶ者は立法会議員選挙に出馬すべきでないと述べており、情報は統一されていません。毛孟静・立法会議員は5月16日、立法会で聶徳権・政制内地事務局長に対し、「結束一黨專政」を叫ぶ者の出馬の可否を質問しましたが、聶局長は、政治体制の構成員である議員が国家の体制に反対することは論理に合わないと述べ、「結束一黨專政」という論に反対の意思を示した一方、実際の出馬資格は公務員である選挙主任の判断と述べ、出馬できるとも、できないとも明言しませんでした。

言論の自由は縮小するか

このように、「結束一黨專政」と選挙の出馬資格の関係をめぐる情報は錯綜していますが、このことは実際に出馬を目指す者の自己検閲の効果があります。5月23日、民主派が提出した、毎年恒例の天安門事件の名誉回復を求める議案が立法会で審議されました。「結束一黨專政」が論争になっていることを受け、審議の際に民主派が一致して「結束一黨專政」を叫ぶという提案もありましたが、穏健民主派からの反対があり、実現しませんでした。「結束一黨專政」を叫ぶ者を全て立法会から排除すれば、民主派の大部分が議員資格を失うという大事件に発展します。恐らく、そこまでの事態を招くことを、現在北京または香港特区政府が計画しているとは考えにくいでしょう。しかし、何が「セーフ」で、何が「アウト」なのか明確に示さず、自己検閲を呼ぶことは、政府にしてみれば「作戦通り」と言えるかもしれません。

こうした「自己検閲」に抗するため、民主派からは逆に「結束一黨專政」を前面に出す動きも見られます。6月4日の天安門事件追悼集会で、例年通り「結束一黨專政」が叫ばれたのに続き、今年は7月1日デモも「結束一黨專政」をテーマと定めました。言論の自由をめぐる攻防は今後も続きそうです。
(このシリーズは月1回掲載します)

筆者・倉田徹

立教大学法学部政治学科教授(PhD)。東京大学大学院で博士号取得、035月~063月に外務省専門調査員として香港勤務。著書『中国返還後の香港「小さな冷戦」と一国二制度の展開』(名古屋大学出版会)が第32回サントリー学芸賞を受賞

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