香港貿易発展局だより《特別編》
既成概念を揺るがすアジア最先端の
マーケティング国際会議
香港貿易発展局は一年を通じ、展示会や国際会議といった各種イベントを香港で開催している。その数は年間約50本。長いものでは半世紀の歴史を持つイベントもある。こうした一連のイベントに今年3月新たに加わったのがマーケティングに関する国際会議『マーケティングパルス』だ。各国からデジタル時代のマーケター、広告マン、コンサルタントらが勢ぞろいする中、会場では気迫のこもった討議が繰り広げられた。 (構成・編集部)
■筆者紹介 後藤亜希郎(ごとう・あきお) 香港貿易発展局 東京事務所 マーケティング・マネジャー。早稲田大学卒。松下電器産業(現パナソニック)勤務を経て、2007年香港貿易発展局に入局。政財界ミッションの香港/中国への派遣および日本への受け入れ、並びに香港で開催する国際見本市や国際会議のプロモーションを通じ、日本企業と香港/中国企業との貿易促進を支援。担当産業分野は食品、医療、マーケティング、金融等。 |
3月21日、香港島の中心部・湾仔(ワンチャイ)に位置する香港コンベンション&エキシビション・センター。ここで待望の新イベント、『マーケティングパルス』が産声を上げた。
香港貿易発展局(HKTDC)は、香港の基幹的なサービス産業について、いくつかの国際会議を開催している。金融産業の『アジア金融フォーラム』、物流産業の『アジア物流&海運会議』、ライセンシング産業の『アジア・ライセンシング会議』、知的財産権にかかわる『アジア知的財産ビジネス・フォーラム』、電子商取引(EC)にかかわる『アジア電子商取引サミット』などだ。
香港は人口約740万人と東京23区の約930万人よりも小粒な都市だが、年間の来訪者数は約5847万人(うち中国本土が4445万人)に上る。航空貨物の取扱量は2016年まで7年連続の世界一を記録し、2017年も前年比9%以上の伸びをみせた。新規株式公開(IPO)の資金調達額では毎年、ニューヨークと世界1、2位を争う。つまり、香港は世界でもまれに見る「ヒト」「モノ」「カネ」の集積地なのである。
さらに、地元で発行される新聞、雑誌類は数知れず、時にはチャイナ・ウォッチャーを震撼させる「香港情報」が飛び出す「インテリジェンス」の集積地ともなっている。
香港がアジアの流行発信基地と称されるに至った背景には、こうしたさまざまな要素の結節点としての香港の役割が大きく関係している。また、こうした役割を再認識いただければ、香港でマーケティングの国際会議が開かれる理由がお分かりいただけるのではないだろうか。
今回が第1回の開催にもかかわらず、会場には実に1200人を超す来場者が訪れた。マネジメント、マーケティング、広告の有識者が世界9カ国・地域から40人以上集まり、業界最新の知見を来場者に共有した。
■実践者が語るマーケティング
「勝てるブランドのレシピ」と題した基調講演に立ったのは、世紀の名コピー「A Diamond is Forever(ダイヤモンドは永遠の輝き)」で知られるデビアスのグローバル・ブランディング責任者、サラ・リース・カーステンセン氏、中国本土で229店舗、香港でも19店舗の「無印良品」を展開する(株)良品計画取締役(兼)執行役員の鈴木啓氏、人気急上昇中のニューヨーク発ファッションアクセサリーブランド「レベッカミンコフ」の最高経営責任者(CEO)兼創業者、ウリ・ミンコフ氏の3人。
リース・カーステンセン氏は、前職の玩具メーカー「レゴ」の事例を引き、玩具に置いては従来、購買決定には母親がカギを握ってきたが、最近では父親の発言力が強まっていると指摘。こうしたすう勢を受けて、レゴが父親と子供を主題にした広告を投入したことを紹介した。一方、ミンコフ氏は、店舗を訪れた顧客にこれまでにない経験を味わってもらうために同社が取り入れた方法を披露。それによると、同社の店舗には接客係をあえて置かず、顧客自身がコンピューターシステムを操作して選択したアイテムが自動的に試着室に送られるという方法がとられているという。
一方、日本人には大変なじみ深いブランドとなっている「無印良品」の鈴木氏は、冒頭からジョークを交えて聴衆の心をつかみ、ブランド確立までの歴史とそのコア・バリューについて説明。地球資源の有効活用という最終目標のために、過剰包装を排し、生産工程や素材選定においても地球環境に配慮した同ブランドの製品作りについて詳しく紹介した。鈴木氏は本国際会議に登壇した感想として、「各店舗を通じて既に無印良品をご存じの方にも、改めて無印良品の生い立ち、思想もご理解いただけたのでは」と手応えを感じたという。
鈴木氏はまた、来年3月20日に予定されている第2回マーケティングパルスについて、「香港が世界でも重要な国際ビジネスのハブと認知されているものの、香港は常に進化しており、大中華圏やアジア地域での取り組みを考えている方には是非参加いただきたい」と語った。
■ソーシャルメディアマーケティングに必要なもの
もう1つの基調講演では、ソーシャル・メディアの新たなアプリケーションの可能性が討議された。ソーシャル・メディアの発展に伴い、ブランド・マネジメントやマーケティング、広告のあり方が音を立てて変化する現在、交流サイトの「ツイッター」、ビジネス向け交流サイトの「リンクトイン」、「グラミー賞」の主催で知られるレコーディング・アカデミー、統合型リゾート(IR)運営のMGMリゾーツ・インターナショナル、中国の大手ECサイト「京東商城」などの担当者が最新情報を共有した。この中で、京東商城のマーケティング責任者は、ソーシャル・メディアが台頭する以前はコンテンツの質の良し悪しによるリーチ(伝播)に大きな差はなかったものの、ソーシャル・メディアのプラットホームが整備された現在では、良質なコンテンツを作ることがマーケティングの最重要な課題になっていると指摘した。
■展示・商談を同時開催
マーケティングパルスではまた、製品やサービスを展示するコーナーが設けられた。出展者20社は、それぞれが持つ最新のメディア広告、コンテンツ・マーケティング、検索エンジン最適化、データ主体のマーケティング・ソリューション、人工知能(AI)プラットホームなどに関するマーケティング戦略や技術、ソリューションに関する展示を行った。さらに、商談サービスでは、普及を図るブランドとそれを助けるマーケティング・エージョンシーとの間で、個別ビジネスマッチングが行われた。香港貿易発展局はこのほか、さまざまな交流イベントを開催し、アイデアの交換と人脈構築の促進に努めた。
日本マーケティング協会に聞く
公益社団法人日本マーケティング協会
研究開発局次長 渡辺養一氏
——現地で聴講した感想は?
「グラミー賞」を主催する組織に最高マーケティング責任者(CMO)がいるとは知らなかった。また、そういう人をマーケティングの国際会議に呼ぶ主催者に感心した。統合型リゾート(IR)運営者の話などもあり、エンターテインメントと重なる領域などが網羅されていた。アジアを代表するマーケターのヘルマワン・ルタジャヤ氏の姿も見かけた。今までのマーケティング会議よりも「マーケティング」の概念が広い。
——香港ならではの特徴は?
グローバルにマーケティングを展開している登壇者が多い。また、予想以上に香港がグローバルのマーケティングの中心にいることを再認識した。一方で、各セッションには中国本土や香港をはじめアジアの登壇者がきちんと配されていた。ピコ太郎さんの「PPAP ペンパイナッポーアッポーペン」のパロディーが紹介される場面もあり、日本のコンテンツも切り口を工夫すれば世界で行けるという期待が持てた。
——デジタル・マーケティングの潮流は?
マーケティングにおけるデジタル化、スマホシフトが加速するいま、アプリ自体を持たない企業は生き残れない。広告にしても従来のような一方通行型のテレビコマーシャルではなく、双方向のコミュニケーションが可能な動画配信などがより重要になってくる。
——どんな人に参加を勧めたいか?
マーケティングの何が足りないということがないぐらい、バランスよく網羅されたプログラムだった。アジアで聞くことのできる世界最先端のグローバル・マーケティング会議であることは確か。参加者は若い人が多く、グローバル感覚を磨きたい人に最適。展示コーナーも面白く、マーケティングに興味・関心を持つ日本の会員企業にも参加を呼び掛けたい。