芸歴60年を迎えた「香港の母」

芸歴60年を迎えた「香港の母」

ナンシーのコンサートのポスター(写真提供・美亞綜藝製作有限公司)

プリンセスから姉御キャラへ

 124日、5日に香港体育館(香港コロシアム)で開催される「薛家燕愛你無限60年演唱会」。芸歴60周年を記念したコンサートを開く、おでこにあるホクロが特徴的なナンシー・シッこと薛家燕(シッ・ガーイン)こそ、現在の「香港の母」ともいえる存在かもしれない。

 1950年に香港で生まれた彼女は、8歳のときに子役として、香港エンタメの世界に入り、2年後の60年に映画『七兒八女九状元』(日本未公開)で女優デビュー。翌年には10本を超える作品に出演するなど、古装片(時代劇)を中心に名子役ぶりを発揮する彼女だったが、66年にひとつの転機が訪れる。『彩色青春』『姑娘十八一朵花』『我愛阿哥哥』などの青春ミュージカル映画(すべて日本未公開)で、彼女より3歳年上の陳寶珠(チャン・ポージュ)、蕭芳芳(ジョセフィーヌ・シャオ)らと共演したからである。

 10代後半の彼女たちはアイドル的人気を博し、「香港のシャーリー・テンプル」と称された名子役・馮宝宝(ファン・ボーボー)らを含んだ7人は、67年公開の出演映画のタイトルになぞられ、「七公主(7人のプリンセス)」として一大ブームを巻き起こすことになった。

 もちろん歌手としても活躍した彼女の当時のレコード売り上げは45万枚に及ぶが、70年代も半ばに入ると、主題歌を担当したドラマ「大家姐」のように、庶民的な姉御キャラにイメチェン。デビュー直後の張国栄(レスリー・チャン)もゲスト出演している78年の初監督作『狗咬狗骨』(日本未公開)でも、市場で働く気のいい姉御を好演している。そのように順調にキャリアを重ねていく彼女だったが、この時期に新たな転機が訪れる。それはベトナム華僑の実業家との出会いであり、84年に結婚した彼女は米国に移住し、後に3人の子供の母となった。

香港版「渡鬼」からの見事な復活劇

 だが、95年の離婚を機に、香港エンタへの復帰を決意。その復帰作として選んだのが、無線電視(TVB)が955月に放送開始したドラマ「真情」だった。湾仔で焼味飯店を営む家族と周囲の人々が織り成す、まさに「香港版『渡る世間は鬼ばかり』」なホームドラマ。実際に平均視聴率は40%を記録し、9911月まで4年半にわたって1128話が放送されるなど、国民的番組となった理由には、彼女の出演も大きかったといえるだろう。さらに、周星馳(チャウ・シンチー)監督・主演の『食神』に料理コンテストの審査員「通称:味公主(グルメ・プリンセス)」として出演し、スクリーンに復帰した。

 そして、01年には古装コメディードラマ「皆大歓喜」に主演。こちらも13カ月にわたって325話が放送されるヒットドラマとなり、彼女が演じる肝っ玉母さんキャラが話題になった。2004年には舞台を現代に変えた続編も制作されたほか、映画『我亜媽発仔瘟』(日本未公開)でもオーディション番組「アメリカン・アイドル」での強烈キャラで、時の人となった「自称・香港のリッキー・マーティン」こと、孔慶祥(ウィリアム・ ハン)の母親役を演じるほど!

 そんな彼女の「家燕媽媽(ガーイン・ママ)」キャラは、教育界にも進出。絵本の出版から始まり、彼女自身が司会を務める子供番組「家燕媽媽時間(ガーイン・ママの時間)」、まるで「あたしンち」「毎日かあさん」のようなファミリーアニメも放送され、主題歌も人気となった。さらには、04年には子供たちの歌やダンス、演技などを育成する「家燕媽媽芸術中心(ガーイン・ママ 芸術センター)」を設立。そこから誕生したユニット、Honey BeesSuper Boysを率いて、中国本土などでもコンサートを行っている。ほかにも、ボランティアや精神大使や交通安全大使などを務めたことで、女性タレントで初めて香港特区政府から名誉勲章を受章しているなど、その勢いは止まらないといえる。

 12月のコンサートのために先日発表した新曲「Captain Nancy」のミュージックビデオでは、ワンダーウーマン並みのコスプレ姿を披露し、大きな話題になった彼女。御年68歳——どこか、小林幸子にしか見えないところが逆に愛らしかったりする。

(このシリーズは2カ月に1回掲載します)

筆者:くれい響(くれい・ひびき)
映画評論家/ライター。1971年、東京生まれのジャッキー・チェン世代。幼少時代から映画館に通い、大学時代にクイズ番組「カルトQ」(B級映画の回)で優勝。卒業後はテレビバラエティー番組を制作し、映画雑誌『映画秘宝』の編集部員となる。フリーランスとして活動する現在は、各雑誌や劇場パンフレットなどに、映画評やインタビューを寄稿。香港映画好きが高じ、現在も暇さえあれば香港に飛び、取材や情報収集の日々。1年間の来港回数は平均6回ほど。

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