東九龍~変わりゆく街を歩く

変わりゆく街を歩く
東九龍

8月24日号の特集では、九龍東再開発プロジェクトの一部である(というより大部分なのですが)啓徳空港跡地再開発の現状を「啓徳空港跡地の歩き方」と題して取り上げましたが、今回はその啓徳空港跡地周辺にあたる「九龍東」の再開発地域をご紹介しようと思います。あと数年の内に姿を消す古い街並み、かつて「魔窟」と呼ばれた場所の現在、過去の香港の姿を後世に伝えようとする試みなど、再開発に揺れる九龍東を歩きながら、香港の変貌について考えてみました。
(構成・編集部)


東九龍はなぜ日本人に
なじみが薄いのか

 日本人にとって、香港で「人の集まるにぎやかな場所」といえば、銅鑼湾、湾仔、中環、尖沙咀、旺角…という地名が思い浮かびますが、九龍東に住む香港人に話を聞いてみると、まずは「観塘」でして、そういえばこの周辺は、日本人にはあまりなじみがないですね。

その理由を歴史的に考えると、まず、この地域の1950年代の写真を見ると建物がまばらで山ばかり。その後、工業地として発展し、集合住宅が多く造られました。この街を歩くと、工業ビル(たくさんの工場が入居する雑居ビル)が多く見られますが、これらは往時の名残で、1985年までに観塘の製造業は工場数7000軒、労働者数20万人まで膨れ上がるものの、中国本土に生産拠点が移ってから下火となり、現在この一帯を、中環・金鐘・湾仔のようなCBD(Central Business District)に転換するため、再開発が進められている…というわけです。

工業ビルは防音のためか、厚いコンクリートの塊みたいな殺風景な外観ですから、観光に来ても楽しいものではありませんが、だからこそ外国人観光客に媚びることのない現地の人のありのままの生活の場でもあったりするところが九龍東の魅力でもあります。香港を愛する者としては、新たにCBDとして生まれ変わる九龍東にも興味津々ですが、再開発で昔日の姿が失われつつある九龍東を歩き、今の姿を目に焼き付けておきたいものではありませんか。

■観塘

【裕民坊】観塘の顔とも言うべき場所であった裕民坊。かつて多くの人で賑わった観塘の商業の中心地なのでした。現在、こちらのビルは取り壊しが決まっており、地下鉄駅のそばで行きやすいのですが、ちょっとした「廃墟」になっており、いい味を出しております。そのほか、この周辺一帯に再開発の対象になっている地域が多く、昔日の香港の面影を残した大廃墟群のようになっています。見に行くなら今しかありません

【英発茶氷庁】 観塘に来たらぜひ立ち寄りたいのはこちら。店の前のガラスケースに焼きたての自家製パンや冷えた飲み物を売る昔ながらの茶餐庁。最近の香港の茶餐庁のミルクティーやパンの味に納得いかない人って結構いると思うのですけれど、こちらは創業1972年の有名な老舗。濃厚で香り高いミルクティー、ふわっふわで口当たりの良い焼き立てのパンが楽しめます

【遊戯天地 GAMEZONE】ひとつオススメしておきたいのはこちらのゲームセンター。昔からある古い店ですが、日本から持ってきたゲーム機が並んでいて、薄暗い店の雰囲気なんかも昔の日本のゲーセンそっくり。少年時代にゲーセンに通った方なら楽しめること間違いなしです

【粤港直通巴士】こちらは広東省の各都市に直行するバスの乗り場。こうしたバス乗り場は、香港各地にありますが、観塘は九龍東と粤港澳大湾区を結ぶ玄関口でもあるわけです

 

■牛頭角

牛頭角は、九龍湾と観塘の間にある地域で、観塘と同じく工業地でありながら、政府の建てた公共住宅も多い地域です。写真は牛頭角下邨の高層住宅で、MTR九龍湾駅のすぐ近くにあります

牛頭角下邨の入り口の様子。この4本の柱が立つ周辺の1階部分と2階部分が、往時の香港を伝える「歴史博物館」になっています

このように、かつての香港の住宅を再現したものや、香港での生活で使われていた文物を展示したショーケースがたくさんあり、そのボリュームは「牛頭角歴史博物館」と呼びたくなるほどです

ショーケースの1つをのぞき込むと、昔の子供が遊んだ玩具と並んでファミコンがありました。しかもディスクシステムです。香港でもディスクシステムが普及していたんでしょうか。 観塘のゲーセンなんかもそうですが、今、日本人と香港人が非常に近い目線で仲良くできて、香港人が日本の良き理解者でいてくれるのは、こういう時代から文化を共有していたからではないか。そして、最近香港の随所で、過去の姿を保存しようとする動きがあるのは、九龍東の再開発にとどまらず、香港が大きな変革期を迎えていることと関係しているのではないかとも思うのです

 

【源発潮州粉麺】「蝴蝶腩」という肉で有名な料理店。日本人にはなじみがありませんが、蝴蝶腩とは、別名を「猪肺裙」「肝連肉」といいまして、豚の肺や肝臓の間にある肉で、形状が羽を開いたチョウのように見えるので、「蝴蝶腩」という名称になっているそうです。この部位は台湾では「最も美味」といわれ、1頭から少ししか取れない希少部位でもあるそうです

脂肪少なめですが肉質は柔らかく、適度なかみごたえがありました。この店、この料理だけに限らないのですが、九龍東は香港の中心部から近い割に、外国人や観光客があまり来ない、地元の人しか利用しない「非観光的」な地域だったため、こういう珍しい料理が残り続けたのではないでしょうか

■九龍城

【九龍城】以前の九龍城といえば、上の写真みたいな古めかしい低い建物がならんで、タイ料理屋がなぜか多い…という場所でしたが、今は下の写真のように細長いビルがニョキッ! と建っています

啓徳空港があった時代は、ここに高層建築が建てられなかったわけですが、再開発のための法整備が行われ、九龍城も姿を少しずつ変貌させているわけです

【九龍塞城公園の入り口】かつてここにあった巨大なスラム街は日本語では「九龍城砦」と呼ばれますが、中国語では「九龍塞城」です。とりあえずこちらでは「城砦」で統一しておきます。九龍城砦はすでに取り壊され公園になり、20年以上の歳月が過ぎておりますが、遺構の一部が残されているとのことでのぞいてみました

【九龍城砦全景】立体模型でかつての九龍城砦の全容を保存しており、これがかなり手の込んだ作りで、見ていて飽きません。真ん中のあたりがぽっかり空いていますが、九龍城砦はそもそも軍事要塞でして、兵舎などの建物を取り囲むように違法建築が立ち並んだので、このような形状になっているわけです。このほか、九龍城砦に関する展示もたくさんあります

【日本清酒専門店 大黒天】外観も内装もコダワリまくりの日本酒専門店。香港で日本酒がブームとは聞いていたけれど、九龍城にもこんなお店ができるとは…。お店の人に話を伺ってみると、経営者は日本人ではなく、店には1人も日本人はいないとのこと。日本人抜きでここまでコダワリの日本酒専門店ができてしまう香港人の「日本酒への情熱」がスゴイし、この周辺にはコダワリの日本酒を購入するお客がいるのですね。こういうのも、九龍城の変化・香港の大きな変化の1つと思うのです

【九龍城砦の基礎部分】大昔からあったと思われる排水溝もあれば、鉄筋コンクリートも導入されていたりして、九龍城砦って意外に近代的な建築物だったのだなぁ…と驚きました

日暮れに差し掛かったころ、公園から立ち去ろうとしたところで、誰かが焚き火をしているのをみつけました。なぜ焚き火を? と不思議に思いましたが、よく見ると紙銭を燃やしているのでした。かつて九龍城砦に住んでいた人を弔っているのでしょうか

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