第58回 映画監督

第58回
映画監督

 ひと口に「仕事人」と言ってもその肩書や業務内容はさまざま。そして香港にはこの土地や文化ならではの仕事がたくさんある。そんな専門分野で活躍する人 たちはどのように仕事をしているのだろう? 各業界で活躍するプロフェッショナルたちに話を聞く。
( 取材・武田信晃/写真提供・彭秀慧さん/月1回掲載)

当の本人は「29歳問題はなかった」そうだ(筆者撮影)

賞をもらっても私は私

 日本でも話題になった映画『29+1』(邦題『29歳問題』)。同作を監督し、香港のアカデミー賞といわれる「香港電影金像奨」で今年、新人監督賞を受賞した彭秀慧(Kearen Pang)さんは、舞台出身という経歴をもち、香港映画界に新しい風を吹き込みそうな予感を感じさせてくれる。

 『29+1』は元々、2005年が初演の舞台。1人芝居で、彭監督が主演、監督、演出をこなした。金像奨の発表直前に上演回数が100回を突破した大ヒット&ロングランの作品だ。「最初にこの作品を映画化する話が持ち込まれたときは断ったんです」と振り返る監督。自分の子どもや分身のようなものである大事な作品を簡単に映画化するとは言えなかった。そもそも1人しか登場人物がいない作品を映画にするのは難しいと考えたという。再び映画化の話が持ち込まれたとき「『登場人物を1人に限定しなくてもいいのでは?』と指摘されて、視界が開けました」と語った。

舞台で『29+1』を演じる彭監督

 「エンタメの世界という意味では私もキャリアを積んできましたが、映画の世界では新人です。違いを痛感することは多々ありました」と語る。例えば、制作時間は19日くらいで、1日18時間も撮影という厳しい労働環境下で作られた。香港の映画はその場で台本を作ったり変更したりしながら撮影するケースが少なくないため、撮影スピードも速い。「テイクがあまり良くなくても、(時間がタイトだから)『編集で何とかしてよ』…という無言のプレッシャーも感じました」と苦笑い。

 また、舞台だとスタッフを含め少人数だが、映画ではさまざまな部門があり規模が大きくなることも実感。しかも、「舞台はその場所にいる演者と観客だけの世界ですが、映画は私がいなくてもどこにでも『旅』ができる」と言う。舞台は客の反応が直接感じられ、映画は世界の人を相手にできると、それぞれ一長一短があるそうだ。

映画版の『29+1』のワンシーン

 映画でも自ら主演しようと思えば可能だったのに、そうしなかったことについて、「映画では、自分が監督する場合はカメラの前に立つつもりはありません。自分が演じるとしたら他の監督の作品ですね」と言う。

 子どもの時に梅艶芳(アニタ・ムイ)の映画を見てエンタメの世界に憧れた彼女。香港演芸学院(Hong Kong Academy For Performing Arts)で勉強し、劇団に所属。主要キャストを演じるようになり、舞台の世界で数々の賞を受賞した。劇団から独立した後は自ら脚本なども手掛けるようになり、さらに映画でも成功した。成功というレールをひた走ることができるのは、小さいころからの強い信念と女優としての才能、そして努力のおかげだろう。

映画撮影で演技指導をする彭監督

 彭監督による舞台の『29+1』の再演も期待されているが、「今年はもう会場が空いていなくて…。来年に新しいステージをする予定です」と笑った。9月ごろまではニューヨークに滞在。リフレッシュと次回作へのヒントを兼ねてブロードウェーのミュージカルを観るという。舞台にしろ、映画にしろ、次回作は客の期待値は上がるのでプレッシャーになりかねないが「受賞しても私は私ですからね」とあくまでマイペースで続けていく考えだ。

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