行政長官の失言は英語軽視か?
英語は永遠に不滅です
返還後の香港で、英語の方が重要か、中国語の方が大切か? 7月3日に香港特区の林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官が、行政会議前に行う定例記者会見で失言し、問題となりました。そのきっかけは香港の公共放送である香港電台(RTHK)の記者が英語で土地供給問題について質問したことです。林鄭長官はすでに同じような質問を広東語で受けていて、それに対して広東語で答えていました。RTHK記者の英語の質問を受けたとき長官は、将来、同時通訳を使うことを検討し、時間を無駄にしないようにすると言いました。その発言が、英語を重視していないと批判されたのです。
言うまでもなく、林鄭長官の発言は彼女の今までの不満を反映しています。要するに林鄭長官は記者会見でいつも同じ質問に何度も答えることに不満を感じているのです。記者が広東語で質問すれば広東語で答えます。その後、同じような質問を英語で聞かれたらもう一回同じような答えを英語で話さなければいけません。周囲は林鄭長官の発言を「そういうことは時間の無駄だ」という意味に解釈し、英語に対する軽視だと批判したのです。香港の国際都市というイメージを傷つけると批評するメディアもいます。いつも中央政府を支持するというイメージがある林鄭長官は、今回の事件でさらにメディアの攻撃対象になりました。
公用語は中国語と英語
香港記者協会は林鄭長官の発言に対し「極めて遺憾」というコメントを発表。香港基本法の中で、英語も公務上の言語として認められていると指摘しました。こうした批判に行政長官弁公室の主任スポークスマンはすぐに反応し、長官に代わって、「長官の発言は、記者会見の質疑応答の時間は短いから時間を無駄遣いしたくない、もっと多くの記者からの質問に答えたいという意味」だと説明しました。7月4日晩には、長官自身も「記者会見のやり方を変更するつもりはない。今まで通り、英語には英語、広東語には広東語で答える。このたびの混乱に対しておわびする」とコメントを出しました。
このコメントは7月4日の23時10分にまず英語で発表されました。中国語の発表は23時51分です。常識として考えれば、首長は同時通訳がほしいでしょう。たった10〜15分の記者会見で、2つの言語で重複して返事したくないと思います。
長官は一度中国語(標準中国語・広東語)で返事をしたら、次は英語でもう1回返事する必要はありません。でも、これは香港人にとっては何となく英語を差別しているように感じます。英語が中国語と平等に取り扱われてないように感じるのです。
失言が多い官僚たち
今回の一連の報道でメディアは「林鄭長官は似たような質問にいつも2つの言語で返事することに対して不満である」というマイナスイメージを公衆に与えました。
トップクラスの公務員が簡単に問題を起こしてしまうのは、香港では日常茶飯事。英国植民地時代に、香港人のエリートや公務員たちは英国人の指導、命令に従うようにトレーニングされたので、指導・命令を執行する能力は非常に高く優秀です。その半面、ほとんどが自分なりの考えや決断能力を持っていないので、いつも公衆の前で失言してしまうのです。みんな政治家ではないから、外交的な言論もうまくできない人が大半です。要するに言語技術のレベルが高い公務員、議員は大変少ないのです。林鄭長官の失言から、現在香港の英語の位置づけはどうなっているのか、私ケリー・ラムが解説しましょう。
英国植民地だった時代は、政府部署内でも英語が一番重要、必須条件でした! 英語の次はコミュニケーション能力、人間関係です。要するに英国人の上司を喜ばせることができれば万事順調で、才能は二の次。では返還後は? 返還後は明らかに標準中国語が重要になりましたが、これは商店、レストラン、ホテルなどで使う日常会話だけです。政府部門や裁判所、立法会、どこでも標準中国語はほとんど使いません。
例えば裁判では、だんだん広東語でやる割合が多くなって、今は約80%は広東語、20%は英語を使っています。裁判所の裁判官、検事(検察官)、弁護士、被告の国籍によって裁判で使う言語を決めます。その中に外国人がいるなら英語と決まっていて、みんな香港人ならば広東語を使うとほぼ決まっています。例外は特例申請です。私が5月に担当した案件は日本人の被告でしたが、香港人の証人に尋問をするために、特別申請して広東語を使うことになりました。
親が望む子の英語力
返還後に標準中国語の重要度が高まったのは確かに事実です。では、英語を差別することがありますか? その答えは、ノーです。英語を差別することはありえません。むしろ標準中国語は商売や就職のためという現実的な問題から必要になっているだけ。もし中国本土の人がもう香港に買い物や商売、投資に来ないのなら、香港人の99%が標準中国語を勉強する必要はなくなります。広東語をみんなが使うのは母語だし、一番便利だから。英語を使うのは面倒くさいし、通じないことも多いから。英語を使うときには大変頭を使わなければいけませんからね。
香港人で子供を持つ人は、自分の子供が広東語で会話が出来て、標準中国語はギリギリ話せて、基本的読み書きができる程度なら安心する人が多いですが、英語は必ずうまくなってほしいと考えています。150年間英国植民地だった歴史のおかげで、教育レベルが高い香港人はみんな英語がペラペラであるというイメージがありますが、実はそれは錯覚です。香港人の大半は外国語が好きじゃありません。標準中国語も英語も、勉強するのは必要に迫られたから。日本語の場合は、日本文化が香港で大きなブームになった1970〜80年代に、趣味として勉強することが流行しました。
ネーティブ並みは1%
統計は不可能ですが、私の経験から言うと、香港のエリートや教育レベルが高い人たちの中で、ネーティブに匹敵する英語力を持つ人は1%しかいないと思います。その多くは長年、外国(英語圏)で暮らした香港人です。香港で成長し、勉強した香港人は滅多にこのレベルまで上がれません。外国人には負けるけれど、英語がかなり高いレベルという香港人は、5%以下でしょう。20人の中で1人いるくらい。エリートや教育レベルが高い香港人の中では、「中の上」や「中の中」レベルの英語を話す人が一番多いと思います。これは50%以上でしょう。
国際大都会やエリートというイメージは大切ですから、ちょっと教育レベルが高い香港人や高級公務員なら一番バレたくないのは自分の英語レベルが下手なこと。下手だとメンツ丸つぶれです。そのためバレないように、テレビやラジオのインタビューは広東語だけという官僚や議員も多いです。英語のインタビュー、会見は絶対やりません。誘われても毎回、こっそり裏で断わっています。理由は言うまでもなく、自分の英語レベルを公衆に知られたくないから。
林鄭長官の失言は、英語を差別する意図は全くありません。単純に、同じ答えを2回することにイライラし、不満になっただけだと思います。これからも英語の質問には英語で、広東語の質問に広東語で返事するパターンが続くでしょう。
香港で英語レベルが高いことは誇りです。そして英語が得意になることは、英国植民地時代から今も続く「香港人の最大の夢」なのです。
ケリーのこれも言いたい
香港で表面的に中国語は必要だが、やはり英語が大事。香港人は今も英語恐怖症だ。英語は欧米の先進国とつながる重要な言葉だし、下手だと何となく不安、心配になる。将来もし中国に大問題が発生したら、もし海外まで逃げるなら、外国に投資するなら…英語が必要。もし…もし…なら…なら…。これこそ目に見えない、香港人の大半の心の本音である。