特別寄稿
「一帯一路」と「大湾区」構想からみる
香港の最新動向と果たす役割
中国政府が推進する現代版シルクロード経済圏構想「一帯一路」、そして広東省珠江デルタの9都市と香港・マカオの両特別行政区の一体化を推進する地域発展計画「粤港澳大湾区」構想では、中国企業のみならず、日本企業にとっても巨大なビジネスチャンスが期待されている。この2つの政策の概要と、香港が果たす戦略的重要性について、香港貿易発展局東京事務所長・伊東正裕氏にご寄稿いただいた。(構成・編集部)
■「一帯一路」構想
「一帯一路」構想とは、2013年に中国の習近平・国家主席が提唱した現代版シルクロード広域経済圏の発展計画である。それは、中国が世界経済の中心的地位を占めていた古代シルクロードの再現を意識したもので、ユーラシア大陸からアフリカ大陸に跨がる複数の周辺国を対象としている。これら周辺国をすべて合わせた経済規模は、世界人口、世界貿易高、世界GDPのかなりの部分を占めるといわれている。
「一帯一路」構想は、中国にとっての周辺国との外交の軸として、また新しい対外開放戦略の一環として位置づけられており、陸路の「シルクロード経済ベルト」と海路の「21世紀海上シルクロード」から構成されている。(図2)
前者は、(1)中国から中央アジア、ロシアを経て、欧州まで、(2)中国から中央アジア、西アジアを経てペルシア湾、地中海まで、(3)中国から東南アジア、南アジア、インド洋まで、という3つのルートから、後者は、(1)中国の沿海から南シナ海を経てインド洋や欧州まで、(2)中国の沿海から南シナ海を経て南太平洋までという2つのルートから成り、「政策面の意思疎通」、道路をはじめとする「インフラの連結」、「貿易の円滑化」、「資金の融通」、「民心の意思疎通」の5つの分野にわたり協力を進めることが提唱されている。
本構想推進のため、習主席と李克強・首相は、積極的に関係国を訪問、ASEAN、EU、アラブ連盟など多くの国際組織が支持を表明しているほか、中国はカザフスタン、カタールとは協力覚書を締結している。
具体的な動きとしては、陸海空を一体化した立体的交通網の整備の一環として、新ユーラシアランドブリッジ計画(江蘇省の連雲港を起点とし、西安、ウルムチ、中央アジア、ロシアを経由してアムステルダムまでの鉄道建設計画)、中国・シンガポール経済回廊、中国・インド・ミャンマー経済回廊など、陸の基幹ルートが形成されつつあり、各沿線国には自由貿易区と物流センターが急ピッチで設置されている。
また、これらインフラ整備を資金面から支援するため、シルクロード基金や、アジアインフラ投資銀行(AIIB)、新開発銀行、上海協力機構開発銀行などの設立計画が、中国政府の主導で進められている。
一方で、本構想は実現に向けて以下の課題が指摘されている。第一に、域内外の大国の支持を得ることの難しさ、第二に、対象国の多様性・異質性、第三に、中国と一部対象国との間の領土・領海問題、第四に、投資に伴うカントリー・リスク問題である。
歴史的には、日本がシルクロードの最東端(京都・奈良)であったという説もある中で、我が国では当初本構想に対する関心が高くはなかったが、2017年5月14日、自民党の二階俊博・幹事長が北京で開催された「一帯一路国際フォーラム」で講演、同構想について、「成果は国際社会の安定と繁栄の実現に繋げていくべきだ」と注文をつけつつも「『一帯一路』を通じ、世界中の心と心のつながりが一層強まることを期待している」と述べ、注目を集めた。
それに続き、同年6月5日、安倍晋三・首相は都内の講演で「一帯一路」構想について、「国際社会の共通の考え方を取り入れることで、環太平洋の自由で公正な経済圏に良質な形で融合し、地域と世界の平和と繁栄に貢献していくことを期待する。日本は、こうした観点からの協力をしたい」と意欲を示している。
さらに、同年7月8日、習主席と会談した安倍首相は、「一帯一路」構想に協力する方針を直接伝え、日中両国の関係改善に向け首脳間の対話を強化することで一致、両首脳の相互訪問の実現を呼びかけた。本会談は日本でも中国でもトップニュースとして報道され、我が国の同構想への本格的な参画が期待されるに至っている。
■「大湾区」構想
「大湾区」構想とは、広東省珠江デルタの9都市(広州・深圳・東莞・恵州・仏山・江門・中山・珠海・肇慶)と香港・マカオの一体化(図1)を推進する中国の地域発展計画で、広東省・香港・マカオの相互協力によって、世界の三大ベイエリアであるサンフランシスコ、ニューヨーク、東京に匹敵する巨大な地域経済圏の構築を狙いとしている。
世界三大湾区(東京湾、ニューヨーク湾、サンフランシスコ湾)と「大湾区」の基礎データを下記(表1)に示す。「大湾区」は人口、面積、GDP総額では他の湾区を上回っているが、GDPに占める第3次産業構成比と1人当たりGDPでは、未だ発展の余地があることが見て取れる。
珠江デルタは、全中国に占める面積は僅か0.6%に過ぎないが、中国全体のGDPの13%を創出(約9兆人民元)しており、香港・マカオとの一体化を進めることで、更なる飛躍が期待されている。
今後「大湾区」は、国家レベルの協力調整システムによって中央政府からの権限移譲と政策支援を受け、資本取引での人民元の越境使用、外為管理改革などを先行実施、各地金融市場の双方向拡大による「金融核心圏」化を目指すほか、域内の基礎インフラ強化と、広東省を中国の科学技術産業の中心に引き上げることを狙いとしている。
発展著しい深圳市は、1〜2年後には経済力で香港を上回ることが予測されており、香港にとっても、今後国際競争力を保持するためには、近隣都市との連携が不可欠であるという事情も垣間見える。
「大湾区」は、1つの国家(中国)、2つの制度(社会主義と資本主義)、3つの関税区(中国本土・香港・マカオ)、4つの核心となる都市(広州・深圳・香港・マカオ)、8つの著名な港(香港・マカオ・深圳・広州・中山・珠海・東莞〈虎門〉・江門)を擁し、南は東南アジアと南アジア、東は海峡西岸経済区と台湾、北は長江経済ベルト、西は北部湾経済区に繋がり、「21世紀海上シルクロード」沿線国家と中国本土を結ぶ重要な橋梁としての役割を担っている。
深圳港は昆明、ミャンマー、バングラデシュ、インド、パキスタン、イラン、トルコを経由してロッテルダムへ、江門港と仏山港は西江を通って広西、貴州、雲南に繋がるだけでなく、湖南と江西の中心部へも接続できる。これにより、「大湾区」は、中国内陸各省の産業レベル向上に貢献できるほか、北部湾や南寧などを通じてアセアン各国へ陸海で繋がるルートの起点となることが見込まれている。
珠江デルタは、長江デルタ、渤海湾エリアと並ぶ中国の三大経済圏の一角を占めているが、いち早く深圳と珠海が経済特区に指定されるなど、1970年代後半から改革開放政策の主導的な役割を担い続けてきた。2015年の統計では、珠江デルタ域内合計で、中国の輸出総額の25%、対外投資額でも25%を占めているとされるが、「大湾区」全体でみると、GDPに占める輸出の構成比が75%超(長江デルタ47%、渤海湾エリア11%)と全国平均の3.8倍、同年の外国直接投資(FDI)額は2030億米ドルと長江デルタや渤海湾エリアの2倍以上を記録するなど、名実ともに中国における対外窓口機能を果たしてきたことが分かる。
ここで、「大湾区」構想のインフラ整備において象徴的な二大プロジェクトを紹介しておこう。一つは、香港と珠海、マカオを結ぶ「港珠澳大橋」の建設である。香港国際空港があるランタオ島を起点に、西へ延びる全長35.6kmの大橋は、西端で二つに分岐、北側は珠海へ、南側はマカオへ接続する。2018年末までには開通が見込まれているこの橋を利用すれば、香港から珠海、マカオへの移動がわずか30分に短縮されるので、香港から珠江デルタの西側へのアクセスが飛躍的に向上することとなる。
今ひとつは、「広深港高速鉄道」の香港区間の敷設である。これまでの広九鉄道(直通列車)は、広州までの所要時間が100分を超えていたが、高速鉄道は九龍半島先端部の西側に専用駅(西九龍)を建設、深圳を経て広州南駅(番禺)までをわずか48分で結ぶ。列車の線路は北京まで繋がっており、香港—北京間が10時間で移動できるようになる。
■「一帯一路」構想と「大湾区」構想の関係
「大湾区」は、その地理的優位性、文化の多様性(華僑の故郷、英語圏=香港、ポルトガル語圏=マカオ)から、「一帯一路」計画においては中枢的な役割を担う。
香港では、古く石器時代の人類遺跡が発見されており、唐宋時代以降は中原文化が南下することで繁栄、明代には海外貿易が盛んに行われるようになった。また、江門市は、中国最大の「僑郷(華僑の故郷)」として知られており、江門籍の海外華僑・華人人口は、世界五大洲、100を超える国々に400万人以上にのぼるといわれている。
香港華人人口の4分の1、マカオ華人人口の2分の1は江門籍であり(出所:粤港澳大灣區與香港〈主編李暁恵〉)、中華民族の伝統文化を世界各地に伝承・伝播する役割を果たしてきた。また、江門市は、中国随一の「僑郷」として、ヒトの繋がりをベースにした人文ネットワークに重要な地位を占めている。また、南粤(広東省南部)全体では、地形的・気候的にも海洋性のフィリピン、インドネシアやマレーシアとも繋がっている。
「大湾区」は「一帯一路」構想における海のシルクロードの玄関口であり、まさに中国本土と東南アジア諸国を結びつける要衝であるといえる。(図3)
■香港の役割と戦略的重要性
最後に、「一帯一路」および「大湾区」構想において、香港が果たす役割とその戦略的重要性について述べておきたい。
香港は、もともと広東省の一部であったので、土着人口としては、広東系華人(客家系・潮州系を含む)が最も多い。1949年の中華人民共和国設立に伴い、上海や福建からも人口流入があったが、常用言語は広東語であった。
英国の『The Sun』(2012.9.28)の調査によると、海外在住華人は上位15カ国だけで3680万人にのぼり、その半数以上(54%)が広東省出身者である。海外の華人と香港は、広東語という共通の言語で繋がっているほか、香港の新聞や雑誌を定期購読するなど香港を重要な情報源としてみている。
また、これまでの広域経済圏構想即ち「華南経済圏」、「華人共同市場」、「珠江デルタ」、「汎珠江デルタ」では、香港が常にその中心であり続けてきた。1997年の返還以降の香港は「一国二制度」のもと、海外企業にとっての中国本土市場への玄関口であるとともに、中国企業の海外市場への玄関口としての機能を果たしてきた。
「一帯一路」および「大湾区」構想において、香港に期待されているのは、第一に、「緩衝地帯(Buffer Zone)」としての役割(政治的・文化的異質性の緩和・克服)、第二に、「翻訳者(Interpreter)」としての役割(中国政府による壮大な国家計画を実現可能な事業へ整理・分解)、第三に、「スーパーコネクター(Super Connecter)」としての役割(中国と世界を連結する津梁機能)、そして第四に、「インテグレーター(Integrator)」としての役割(事業と資金、国を跨ぐ企業と企業をコーディネート)であろう。
「大湾区」構想は、香港=深圳間の擬似国境の延伸、つまり湾区内を「グレーター香港」として活性化し、延いては「一帯一路」沿線国全体の発展にも繋げることを意図しているという見方もある。日本企業も、「一帯一路」と「大湾区」のプロジェクトに参画するに当たっては、香港の役割や重要性について再認識する必要があるのではなかろうか。
■筆者紹介
伊東 正裕(いとう・まさひろ)
香港貿易発展局 東京事務所長。 味の素株式会社にて、台湾・香港・広州・上海駐在を含め中華圏における販売・マーケティングを担当した後、2006年7月に香港貿易発展局入局、2007年5月東京事務所次長、2012年1月大阪事務所長、2018年3月より現職。中央省庁、経済団体、東日本各地の自治体や企業を対象に香港プロモーションの陣頭指揮を執っている。英国レスター大学経営学大学院修了(MBA)。