第57回
(競馬場の)芝の管理人
ひと口に「仕事人」と言ってもその肩書や業務内容はさまざま。そして香港にはこの土地や文化ならではの仕事がたくさんある。そんな専門分野で活躍する人 たちはどのように仕事をしているのだろう? 各業界で活躍するプロフェッショナルたちに話を聞く。
( 取材と撮影・武田信晃/取材協力・香港賽馬会/月1回掲載)
「五感」を駆使して芝を成育
サッカー、野球、競馬…など、芝生のコンディションはその競技に大きな影響を与える。今回は香港賽馬会(HKJC)の競馬場の芝を管理している葉柏棕(Pako Ip)高級跑道経理に話を聞く。
「HKJCに入ったのは1994年です。跑馬地と沙田、両コースの管理をしていますが、最初は小さな求人広告に気付いた程度でした」と笑う。それが約4半世紀にわたって競馬場の芝の管理をしているのだから人生わからない。
コンクリートジャングルの香港において植物に興味を持ち、そうした仕事に就くのはかなり珍しいケースといえる。「親族が漁農自然護理署(AFCD)で働いていたこともあって幼い時から自然と触れ合う機会が多かったからでしょう。高校の時には植物にかかわる道に進もうと決めていました。カナダの大学で生物科学を専攻したのですが、確かに留学生で香港人は私だけでしたね」
「91年に香港に戻る時、植物系の求人があるかどうか心配でしたが、中国返還前でたくさんの香港人が香港を離れ始めたせいなのか、意外に公園の管理や政府系の仕事など、いろいろな職があったのです。HKJCに入る前はランドスケープのコンサルタントをしていました」
競馬場の芝は「ティフトン419」というハイブリッドのギョウギシバ(バミューダグラス)が基本で、ホソムギという品種も使われている。もちろん、毎日芝のチェックは欠かせない。「香港の場合、気候との戦いと言えます。温度的に数度の違いで生育状況が大きく変わってくるからです。スタッフには、触る、見る、聞く、嗅ぐなどの感覚を研ぎ澄ますよう伝えています」
水分が多すぎても少なすぎてもダメで、生育が遅れてもアウト。また、跑馬地は周りがマンションなどに囲まれていて風通しが悪いほか、1コーナーから2コーナーの間だけは、芝の下に雨水処理のための大きな管が通っており芝の下はコンクリートになっている。このような条件下で最適な芝生を作るのは困難を極める。「これまでに蓄積してきたデータをうまく活用しています。また、英国の一流サッカーチームが、ホームグラウンドで多く導入している芝を養生させるためのライトをHKJCでも導入しています」と話し、データと機械、人をしっかりと融合させている。
現在、跑馬地は21人、沙田が35人、ガーデン担当14人の計70人で芝の管理を行っている。「ミーティングは欠かせないです。また、若い人たちはソーシャルメディアで情報交換していますね。そういう私も部下から芝の写真がSNSで送られてくるので、逐一、状態を把握できるようになったのは大きいです」
2003年には葉さんが日本中央競馬会(JRA)の協力の下、日本の芝の研究をしたほか、スタッフも積極的に海外で研修と経験を積ませている。「今後は、私の知見を教えるのではなく、『シェア』していきたいですね」と、フラットな目線で部下の育成にも力を注いでいくつもりだ。