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拡大するフィリピンの消費市場と参入障壁
海外消費市場をターゲットとする日本企業の進出が加速する中、フィリピンが注目を浴びつつある。同国では2015年に人口が1億人を超えているほか、平均年齢が約23歳と若年層の割合が高く、今後の持続的市場拡大が期待できる。加えて、ASEAN諸国の中でもトップクラスのGDP成長率を記録しており、16年に誕生したドゥテルテ政権では22年までに一人当たりGDPを現在の約USD3000からUSD5000に引き上げ、フィリピンを上位中所得国入りさせるために、さまざまな取り組みを行っている。そこで、本稿では拡大を続けるフィリピンの消費市場としての魅力とともに、外資系小売企業が同国に参入する際の問題点について紹介する。(みずほ銀行 香港営業第一部 中国アセアン・リサーチアドバイザリー課)
⒈はじめに
フィリピン共和国は7000を超える島々からなる島国であり、日本とも国境を接している。日本ではフィリピンの貧困や治安、インフラなどの問題が報じられることが多く、ネガティブなイメージをもたれることが多かった。しかしながら、現在のドゥテルテ政権では貧困削減、治安改善政策や「Build Build Build」と呼ばれる大規模なインフラ整備を積極的に推進し、2022年までの6年間で約8兆ペソを投じ、首都圏交通網や空港などの整備を計画している。日本でも最近はこうした報道が数多く行われるようになったことで、生活面や治安面におけるフィリピンに対するイメージは大幅に改善されつつある。また、フィリピンはアメリカ式の義務教育制度を導入しているため、国民の識字率は約96%と高いレベルに達している。また、一つひとつの島が独自の言語を持つ多言語国家であることなどから言語の統一を必要としたため、英語教育が普及しており、現在は国民の約9割が英語を話すという世界第5位の英語人口を有する。このことは外資系企業がフィリピンに進出する際に、事業を円滑に進めるうえでのメリットの一つとなっている。
⒉消費市場としての魅力
【人口構成】
中・長期的な視点から消費市場を特定するうえで、人口動態や構成を検証することが重要になる。直近の2016年時点データで、フィリピンの人口は1億420万人を超え、毎年約2%の割合で増加している。平均年齢は約23歳と若年層人口に厚みがあり、20歳未満の人口が4割以上を占めるなど人口構成は典型的な富士山型になっている。生産年齢人口も2050年には1億人を超え、そのピークは2075〜80年まで続くと見られている。同じくASEANの有望市場と見込まれているタイやベトナムでは2020〜30年代に生産年齢人口がピークアウトし徐々に減少していくことが見込まれている中、フィリピンは最も将来性を有する人口構成を持つ。小売の観点から見れば、消費を先導していく若年層がこれからも増加し続けると考えられ、この層をどのように取り込んでいくかが中・長期戦略のカギとなろう。ただし、フィリピンが今後も経済成長を続けていくためには、同国に産業が根付き、この優位性を活用していくことが大前提としてあることは注意しなければならない。
【GDP推移】
かねてASEAN各国が高いGDP成長率を達成する中、フィリピンは政情の混乱や自然災害などが相次ぎ他国に比べ遅れを取っていたが、近年は6%以上の成長率を維持しながら高い経済成長を続け、消費市場の拡大につながっている。
足もとでは、17年の経済成長率は6・7%と、ASEANにおいてベトナムの6・8%に次ぐ2番目の成長率を達成し、一人当たりGDPは08年の1925米ドル(以下、ドル)から17年には2994ドルへと上昇した。フィリピンは特に所得格差が大きい国であることから、一人当たりGDPを大きく上回る中・高所得層の人々が多数存在していることを示唆していると考えられる。実際に一人当たりGDPを地域別でみると、中・高所得層が集中する首都圏(National Capital Region=NCR)は8768ドルとなっており、NCRの一人当たりGDPは全国平均の3倍近くに達していることが分かる。さらに言えば、NCRの数値も同地域の平均値であるため、地域や所得者層によっては、極めて高い購買力を有した消費者が存在することが分かる。
実際、同国の日系のラーメン屋を平日の昼食時に訪れると、1杯約1000円の価格帯にも関わらず、家族や友人、会社員の人々で賑わっていた。フィリピンの消費者は他国に比べても消費意欲が強い傾向が指摘されており、給料が入るとすぐに消費してしまうと言われていることを考慮しても、データで示される以上に、消費市場としての潜在力は高いと考えられる。
⒊待たれる外資参入障壁の撤廃
市場規模や潜在性では高い魅力を持つフィリピンだが、外資系小売企業による市場参入の障壁となっているのが、地場の零細小売業を保護するための市場参入規制である。ここで、外資系企業がフィリピンの小売市場に参入する際に課題となるポイントを整理する。
⑴最低払込資本の要件および店舗あたりの投資額の要件
①通常の小売業者の場合、払込資本金25万ドル、一店舗当たりの投資83万米ドル以上
②高級品もしくは贅沢品に特化した小売業者の場合、一店舗当たりの払込資本金25万米ドル以上
⑵事前資格審査
外資企業がフィリピンで小売事業を行う場合、フィリピン投資委員会を通して貿易産業庁による事前資格審査を受ける必要がある。小売業については上記の資本金に関する規制のほかに次の①〜④の要件をすべて満たす場合、100%外資での進出が認められる。
①親会社の純資産が2億米ドル以上(上記⑴に該当する場合)、5000万米ドル以上(同⑵に該当する場合)
②世界で5件以上の小売店舗もしくはフランチャイズを展開し、少なくともその1店の資本金は2500万米ドル以上
③小売業で5年以上の実績を有する
④フィリピンの小売企業の参入を認めている国の国民もしくは同国で設立された法人
⑶株式公開要件
上記⑴および⑵の要件に加え、小売事業を行う現地法人に対する外資の出資比率が80%を超える場合、事業開始から8年以内に最低30%の株式を株式市場において公開する必要がある。
上述した条件をすべて満たせば、外資100%での出資が可能であるため、原則的にフィリピンの小売市場は外資系企業に開放されていると言えるが、上述した条件をすべて満たすには相応の資本力を必要とするため、実質的には高い参入障壁があると言える。現在、進出済みの日系企業で外資100%で参入しているケースはなく、地場有力企業との合弁か、フランチャイズ契約となっている。つまり、外資系企業が小売事業を目的にフィリピンへ進出するためには、資本力のある一部の大手企業か、フィリピン資本の現地パートナーを見つけ、展開していく方法を選択するしかないのが現状だ。
⒋日系企業の商機
フィリピンの小売市場は、外資系小売業に対する高い参入障壁から、国内での競争・淘汰が進まず、国際競争力が弱い傾向にあった。しかしフィリピン政府は今後、小売業の外資規制緩和に踏み切る方針を示している。詳細な条件は明らかになっていないため、今後の動向を注視していく必要があるものの、店舗当たりの払込資本金の引き下げなどが予想されている。規制が緩和されれば、日系を含めた多くの外資系中小企業にも進出の可能性が広がるだろう。
一方で、仮に外資への規制が緩和されたとしても、大きな阻害要因が残る。それは、ショッピングモール等を運営する国内大手財閥の存在で、小売業にとって重要な店舗立地について、地場の財閥が立地条件の良い不動産を抑えていることだ。フィリピンでは、一定以上の集客が見込めることから、小売業者はショッピングモールに出店する形態が一般的である。そのため、外資への規制緩和が行われたとしても、あえて独資ではなく、地場の財閥系企業と提携しながら展開していくという流れは変わらない可能性もある。実際、フィリピンで事業を展開している大手日系小売企業も例外ではなく、大手財閥が運営するショッピングモールに出店し、店舗数を増やしている。担当者の話では、地元の大手財閥企業と提携することで、集客力のあるエリアに出店することが可能となるほか、当局対応時におけるサポートなど、メリットも多いと指摘する。
⒌最後に
消費市場としてのフィリピンの今後を展望すると、同国経済が急激に悪化しない限り、人口1人当たりGDPが上昇していくことが予想されることから、外資規制やインフラ、治安問題など多少の懸念材料は残るものの、今後も市場拡大を続けていく可能性が高い。冒頭でも述べたとおり、消費市場としてのフィリピンは注目を浴びつつあり、近い将来、アジアの中で最も魅力的な消費市場の一つになるであろう。所得額の上昇とともに、日系企業の得意とする、より質の良い製品やサービスを求める消費者のニーズが高まることも予想され、若年層を中心とした消費者のニーズを的確に捉えることができれば、充分に商機を捉えることは可能だろう。
(このシリーズは月1回掲載します)
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