香港の2つの時代を繋ぐ映画
51年前に起きた「六七暴動」とは?
5月31日より、香港で一般公開されている趙崇基(デレク・チウ)監督による『中英街1號(中英街1号)』。3月に日本で開催された「第13回大阪アジアン映画祭」において、ワールドプレミアとして上映され、満場一致でグランプリ(最優秀作品賞)を獲得した本作は、2015年の年末に「今もっともチケットの買えない映画」として話題を呼び、翌年の「香港電影金像奨」において、最優秀作品賞を受賞した『十年』以来の、パワフルでセンセーショナルな港産片(香港映画)といえるだろう。
本作の時代背景となるのは、1967年5月に九龍黄大仙区の新蒲崗のプラスチック工場で起こった労働紛争をきっかけにした通称「六七暴動」である。当初はストライキによるデモ活動だったが、香港の左派による介入もあり事態は次第にエスカレートし、テロ行為にまで発展。7カ月間のあいだに、51人が死亡、800人が負傷した。そして、香港と広東省深圳市が共同管理する沙頭角地区に実在する中英街は、この暴動を機にイギリスが辺境禁区として封鎖。以来、合法的な香港市民であっても、「禁区紙」といわれる通行証が必要という状況になっている。
その一方、前年に中国本土で起こった文化大革命のように「毛主席語録」を掲げ、中共のスローガンを叫んだ労働者には若者の姿も少なくなかったという。「そんな自由を訴える彼らの姿は、2014年の香港の『雨傘運動』こと反政府デモに参加した現代の若者に共通する」。そのように考えたデレク監督は、2つの運動、2つの時代を生きた若者を同じ俳優たちが演じるという実験的な手法で、本作を制作している。しかも、雨傘運動の運動家が解放された2019年を描いた現代編には「六七暴動」によって、中国本土へ強制送還されたキャラクターがふたたび密入境したことにより、2つの時代は繋がり、新たなドラマが展開されていくのである。
香港の現状を物語るモノクロ映像
27歳で、雨傘運動をテーマにしたドキュメンタリー『乱世備忘─僕らの雨傘運動』を手掛けた陳梓桓(チャン・ジーウン)監督も、「次回作は『六七暴動』に関するドキュメンタリー」と発言していることも考えると、確かに映画人としては興味をそそられるテーマであることには間違いない。だが、ここまで政治色の強い作品を制作するにあたって、多くのリスクが伴うことも事実。この数年、香港映画人による自粛ムードが高まるなかで、『中英街1號』も資金集めやキャスティングに困難を極めたようだ。しかも、ヒロインを演じる廖子妤(フィッシュ・リウ)をはじめとするキャストにとっては、今後の活動に大きく影響することも覚悟の上での出演だったと考えられる。それだけに、「大阪アジアン映画祭」での上映直後に、監督やキャストが流した涙は胸に迫るものがあった。
とはいえ、無事作品は完成しても、見えない圧力によって、観客の前で上映されるか、映画館で上映されるか、という次なるハードルが生じてくる。現に、10年後=2025年の香港の姿を描いた『十年』は、あまりに話題になりすぎたことで、親政府派の香港人の神経を逆なでする結果となり、連日満員だったメーン劇場におけるロングラン上映を諦めている。また、当初は劇場公開できず、大学などでの自主上映を繰り返していた『乱世備忘〜』も、最終的には韓国資本による筲箕湾の劇場でしか上映できなかった。その状況を考えると、現時点で、かなりの劇場館数での上映が決まっている『中英街1號』は順調かもしれない。だが、このような作品のワールドプレミアが3月に開催された「香港國際電影節」ではなく、「大阪アジアン映画祭」だったことを考えると、今後もどのような事態になるかは分からない。
ちなみに、『中英街1號』は、あえてモノクロで撮影されている。「白か、黒か」——それは、まるで香港の現状を物語っているようだ。香港で今公開されている、どの作品よりも見たほうがよい1本といえるだろう。
※資料提供と取材協力・大阪アジアン映画祭運営事務局
(このシリーズは2カ月に1回掲載します)
筆者:くれい響(くれい・ひびき)
映画評論家/ライター。1971年、東京生まれのジャッキー・チェン世代。幼少時代から映画館に通い、大学時代にクイズ番組「カルトQ」(B級映画の回)で優勝。卒業後はテレビバラエティー番組を制作し、映画雑誌『映画秘宝』の編集部員となる。フリーランスとして活動する現在は、各雑誌や劇場パンフレットなどに、映画評やインタビューを寄稿。香港映画好きが高じ、現在も暇さえあれば香港に飛び、取材や情報収集の日々。1年間の来港回数は平均6回ほど。