マイノリティー出身警部誕生のニュースから読み解く
潜在意識に根付く人種差別
ケリー・ラム(林沙文)
(Kelly Lam)教師、警察官、商社マン、通訳などを経て、現在は弁護士、リポーター、小説家、俳優、慈善歌手と多方面で活躍。上流社交界から裏の世界まで、その人脈は計り知れない。返還前にはフジテレビ系『香港ドラゴンニュース』のレギュラーを務め、著書『香港魂』(扶桑社)はベストセラーになるなど、日本の香港ファンの間でも有名な存在。吉本興業・fandangochina.comの香港代表およびfandangoテレビのキャスターを務めていた
日本でもヘイトスピーチなどの差別が問題視されていますが、香港ではどうなのでしょうか? 4月、香港で暮らすインド系マイノリティーの男性SINGH GIMANDEEPさん(24歳)が立派な成績で警察学校を卒業し、尖沙咀の警察署で見習い警部になったという新聞記事が載りました。香港返還以来、このようにマイノリティーで警部になった例は3人しかありません。表面的にはおめでたい、うれしいニュースに見えるけれど、実は口に出せないことが裏に隠れています。今回は私ケリー・ラムがその秘密を公開しましょう。
警察隊の階級では、警部には4つのレベルがあり、その上の警視もレベルが3つあります。下っ端から警察のヘッド、つまり警視総監までは14の階級に分かれています。警部は下から数えて4つ目の階級です。下っ端のすぐ上はSERGEANT(巡査部長)、その上はSTATION SERGEANT(警察署の部長)で、その上が見習い警部です。月給は最初2万3千ドルくらいからスタートし、見習い警部なら4万数千ドルがもらえるという厚待遇の職業といえます。話を戻しますが、返還以来、警部になったマイノリティーはどうして3人だけなのでしょうか?
試験で必要とされる中国語
GIMANDEEPさんの話では、警察の昇級試験で一番難しいのは中国語だそうです。中国語の試験で失敗したら致命傷になります。だから香港で生まれた彼は警察官になるために一所懸命に中国語を勉強して、やっと成功しました。警察の制服を着たGIMANDEEPさんの写真が新聞に載っていましたが、その自信にあふれたほほ笑みの裏にはどのような「マイノリティーの運命」が隠されているのか? よく考えると、返還から20年もたつのにたった3人しか警部になれないなんて国際都市・香港にとって大変みっともないことです。
香港人は表面的には、香港は国際的大都市だからどんな民族も文化も平和的に共存できるとアピールします。外国の人たちも英国植民地だったイメージによって、香港では英語が通じるから何の心配もなし、英語が出来れば働きやすくて生活しやすい場所だという印象を持っているでしょう。でも、香港で生まれ、香港文化を深く理解する私から言わせてもらえば、これらは完全にうそ八百です。
珍しいマイノリティーの公務員
「返還前は英語さえ出来れば何の問題もない。返還後に中国語ができなければ、何もかも大問題だ」。よくこういう言葉を耳にしますが、この話は半分正しく、半分は間違っています。強い植民地文化の影響で、返還前は英語が得意な西洋人なら広東語が全く出来なくても生活できました。西洋人は返還後に広東語、標準中国語ができなければ就職も不利になって、だんだん暮らしにくくなったけれど、返還前は就職も生活も有利だったことは事実です。しかし、マイノリティーの場合は差別されているので、返還前に英語が得意でも就職先は簡単に見つかりませんでした。もし英語が出来なかったらもっと悲惨です。いつもローレベルの仕事しかできないのですから。
返還後は、たとえ学業成績の良いマイノリティーでも広東・標準中国語がダメならば政府部門に就職するのは大変難しいです。典型的な香港人は、もし公立病院、郵便局、警察署、食物環境衛生署、運輸署などでマイノリティーの公務員に会ったらびっくりします。驚きだけでなく不安を感じたりします。これこそ香港の本当の顔です。返還前、差別に関する法律がなかった時は、人権から民法、就職、待遇、会話までマイノリティーは何もかも差別されていました。返還近くなって差別の法律がいくつかできてからは、利口な香港人はもう公に言葉や待遇でマイノリティーを差別しないけれど水面下では続いていて、程度に違いはあるとはいえ差別するのは事実です。
潜在意識にある「差別」
2016年の統計によると、香港のマイノリティーは約58万人、そのうちインドネシア人は約15万人、フィリピン人は約18万人、欧米人は約6万人、日本人は約1万人、それ以外の国籍は約9万人です。香港で差別や社会問題を語るときに出てくる「マイノリティー」という言葉は、欧米人、日本人、韓国人以外の発展途上国の人間を指します。その理由は非常に簡単です。典型的な香港人は潜在意識の中で等級をつけていて、欧米人や日本人を「優秀民族」と考え、発展途上国の人間を見下しているのです。あからさまに差別していなくても、彼らを差別することを黙認、納得しています。
香港人がマイノリティーとかなり友好的に付き合う、仲良くすることは非常に稀です。単純に言葉が通じないという口実以外に、なんとなくイヤなのです。香港人の友達を自宅に招いても家族は何も言わないけれど、マイノリティーの友達を連れてきたら、家族全員が必ず違和感を唱えます。これも潜在意識にある「差別」です。
マイノリティーは香港でうまくいかない運命なのです。香港人と結婚することも不可能に近いか、大変難しいか、どちらかです。専門職の仕事ができなければ、就職も不利です。香港には数えきれないほど中華料理レストランがあるけれど、マイノリティーのウェーター・ウェイトレスは限りなく少ないです。お客のほうも表向きは中国語のメニューが読めない、広東語が流暢じゃないなどの理由からマイノリティーの従業員を嫌がりますが、実は差別しているのです。また、マイノリティーの従業員は香港の従業員との人間関係も心配です。
皮肉な話ですが、経営者にとってはレストラン、喫茶店内のある場所でマイノリティーの従業員を雇うことは理想的かもしれません。それは厨房です。食器洗いは朝から晩までほかのスタッフと会話する必要もないからOK! 要するに香港人のお客さんの前にマイノリティーが出てこないのなら何の問題もないわけです。
人気なのは中国人風の顔
差別は目に見えないところにもいっぱいあります。テレビ・映画界で、発展途上国の俳優が人気ということはほとんどありません。人気のあるマイノリティーの俳優なんて香港ではなかなか実現しません。そんなことは妄想に近いです。香港で人気の俳優になる最優先の条件は、中国人風の顔であること。次に広東語がペラペラなこと。そうじゃないと人気が出るチャンスはまったくありません。
香港にもマイノリティーの有名人が2人います。インド人のPaul Singhさんは2005年から芸能界で活躍していつもテレビ、映画に出ているし、パキスタン人のNabela Qoserさんはメディア番組の記者やキャスターとして活動しています。2人とも活躍しているけれど、人気があるか、出世できるか、莫大な収入が得られるかとは全く別のことです。この2人について、私の客観的な判断ですが、収入が多い芸能人になるにはまだまだ遠いと思います。
成功できるかどうかは、もちろん国籍や顔つきと関係がありますが、どんな業界だろうとマイノリティーが香港社会で出世したければ、成功する秘訣はひとつしかありません。同じ業界で競争する香港人より優秀なだけではまだまだ足らない。もし広東語、標準中国語の常識、レベルも香港人に負けない、香港人より優秀ならばベストである! そうじゃなかったらマイノリティーは香港で差別を受け、一生出世できないという運命が待っているのです。
ケリーのこれも言いたい
新聞に載ったインド系警部の写真のスマイルの背後には、香港の長年の人種差別の大問題が隠れている。この写真1枚で香港のこのみっともない現状を隠しているだけなのだ。
(このシリーズは月1回掲載します)