《110》
ベトナム不動産投資の実務と留意点(後編)
~外資による不動産投資~
ベトナムでの不動産投資に注目が集まる中、前回は好況が続くホーチミン、ハノイ、ダナン各都市の不動産投資マーケットの状況について紹介した。今回は、不動産投資にかかる関連法制、また各種手続きをはじめとした商慣習にスポットを当て、日系企業を含む外国人投資家がベトナムで不動産投資を行うにあたり、留意すべき実務上のポイントを紹介する。
(みずほ銀行 香港営業第一部 中国アセアン・リサーチアドバイザリー課)
不動産投資関連法規制
ベトナムでの不動産投資において関係する法律には、投資法や企業法といった不動産投資家も含めたすべての投資家に適用される法律のほか、不動産事業法といった不動産投資について具体的に規定する法律もある。それぞれの法律においては外国投資家に対する投資規制も存在することから、外国投資家による不動産投資にかかる代表的な法・規制上のポイントについてみていきたい。
〈投資法と企業法〉
投資法と企業法はそれぞれ、投資家によるベトナムでの投資手続きや設立〜解散に至る企業活動全般を規定するものとして2005年に制定され、その後いっそうの経済活動の促進や規定の明確化・不備の修正を目的に15年7月に改正されている。
外国投資家の投資活動に対しては、内国投資家と比べて、より厳格な規制が設けられており、例えば、ベトナム国内での投資を行うにあたり、経済組織(現地法人)を設立する場合に投資登録証明書と企業登記証明書の取得が必要になる。
また設立や既存企業への出資、株式・持分購入について、業種・分野等により出資比率等に制限を設けている。不動産については条件付き投資分野となっており、具体的には、不動産事業、不動産仲介、不動産価格決定、高層住宅の外国投資家による建設活動、宿泊施設運営など、想定される不動産投資分野はおおむね、なんらかの規制の対象となっている。
〈土地法〉
社会主義国であるベトナムでは、土地は人民のものとされており、人民を代表する国家の所有物という位置づけである。そのため土地法では、土地の使用全般について規定しており、土地を使用する場合は、国家から「土地の交付を受ける」、もしくは「土地を賃借する」という2つのケースを規定している。前者については通常、外国資本には認められていないことから、外国投資家は土地の使用にあたり、土地の交付を受けた地場企業と合同でプロジェクトを進めるか、国家に賃借料を払って使用することになる。また、土地法の規定により賃借期間は最大50年で延長可能と規定されているが、同法施行から50年以上経過していないため、実際に延長可能かどうかは不明である。
〈不動産事業法〉
不動産事業法は、不動産事業を行う組織や個人、それぞれに認められる不動産事業のタイプ、また各不動産取引における権利義務関係等を規定している。日本の不動産投資で一般的な、既存物件の賃貸のための購入については不可のように見えるが、実態としては、許認可取得の上でSPC(特別目的会社)を設立し、既存のオフィス物件を保有している日系企業の事例も見られる。
〈住宅法〉
住宅法は、ベトナムにおける住宅開発、所有、管理、使用に関し規定しており、不動産事業について規定する法ではないものの、外国籍の個人や組織の住宅所有について具体的な規定がある。ここで特筆すべきは、共同住宅といった一つの建物内における外国人の住宅所有限度を30%に制限している点にある。すなわち不動産投資にあたり、外国人への販売だけをターゲットとしたマンション開発等を行うことはできないということになる。
不動産投資実務
以上の法律による規制を踏まえたうえで、現地における日系企業の事例を交え、不動産投資実務について紹介する。
〈土地使用権の取得〉
土地法の定めにより、外国投資家が土地を使用するにあたっては、政府から土地の賃借権を取得しなければならない。ここで多くの日系企業が直面している問題として、「取得に大変な時間が掛かる」ということがある。外国投資家単独で土地使用権の取得を行う場合、行政との交渉や現地事情に精通している現地企業と違い、取得までに年単位の時間が掛かる例も少なくないため、不動産投資にあたっての最大の障壁となると考えられる。
また、土地や建物を取得したことを公的に証明する権利証明書の発行までの時間についても同様で、外国投資家に対しては不動産取得後1年以上を経過しても発行されていない例がまま見られる。このため、多くの日系企業の例では、すでに土地を取得済みの現地企業を探し、パートナーとして合弁企業(JV)を設立し、その合弁企業の下で、不動産の開発を進めるという形が主流だ。
〈不動産投資事業の許認可の取得〉
投資法、企業法、不動産事業法にのっとり、投資登録証明書と企業登記証明書を取得し、不動産の事業計画について許認可を取得することになる。土地の取得にかかる期間に比べれば、許認可取得にかか期間は短く、不動産投資の場合で半年から1年程度と言われている。ただし、不動産事業法により、不動産投資の許認可取得のためには土地の使用権が必要になることから、上述の土地使用権の取得にかかる期間は、不動産投資のタイムスケジュール上、大きなネックと成り得る。
〈投資利回りの設定〉
投資利回り水準の設定の仕方は企業ごとに異なる。日系企業の具体例としては、投資プロジェクトの出口(売却)も見据え、IRR10%、資金回収までの期間を5〜10年と設定する企業や、出口は見据えずに所有物件の賃料収入だけをターゲットとして運用資産利回り10%と設定する企業もあるようだ。
ベトナムでの不動産投資は今が盛りであり、物件売却等による出口戦略を採った日系企業の実例に乏しいことや、土地の最長賃借期間である50年を経過した後の取り扱いが明確とは言い切れないこと、その他統計データの信用性の問題など、投資利回り設定に必要な情報については不透明な部分も多い。このため、根拠ある投資利回りの設定は難しい。一方で現在の力強い経済成長が当面続くと予測されること、また前回紹介した市場動向を鑑み、初期投資に想定以上の多額を費やしたとしても、その後の賃料水準の上昇、将来の売却価格の上昇を見込み、将来的に期待利回りを達成する——という考え方も可能だろう。
〈不動産管理〉
不動産の維持管理は長期的な物件価値を左右するものであり、将来における売却価格も考慮すれば大変重要なテーマである。物件一つを管理するにも、建物関連の法律にのっとり、清掃、修繕、電気系統や消防関連設備の保守、中央制御システムの管理、警備システムの運用など、多くの分野で専門的な対応が必要となってくる。これらについては、ベトナムにおいても個別分野に特化した専門企業が存在する。しかし、それらを統合した、日本で見られるような総合ビルメンテナンスを行っている企業は少ない。よって、ベトナムでのビル管理にあたっては、個別の分野の専門企業に委託して物件管理を行うのが一般的だ。
ただし、ベトナムにおいては長期的な物件価値の維持という概念が希薄なため、日本のビルメンテナンスのレベルと比較すると、場当たり的な対応や、サービス水準・品質面において発展途上にある点は注意が必要だ。こうした状況をビジネスチャンスと捉え、自社内でビルメンテナンスに従事できる人材を育成し、日本レベルのサービスをベトナムで提供しようとする動きもあり、かかる分野での日系企業の活躍と成長が期待されよう。
〈賃貸物件におけるリーシング〉
さて、ベトナムにおいて物件をリースするにあたっては、日本と同様に仲介企業を通して行うのが一般的だ。またベトナムには現地企業のみならず日系の大手仲介企業もあることから、オフィス物件、レジデンス物件ともに日本と同様のレベル感でリースすることについては可能だ。
一方で賃貸借契約については、借主の権利保護の傾向が強い日本の契約内容よりも、貸主(オーナー)と借主がほぼ対等な契約内容となっているのが特徴的と言える。また一般的な商慣習として、家賃の賃料交渉は米ドルベースで行い、契約書や請求書といった類には賃料をベトナムドンベースで記載することなど、貸主と借主の間で誤解を招きかねない部分もあるため、契約にあたって丁寧に説明を尽くすことができる仲介企業を選定することも大切だろう。
〈出口戦略〉
出口戦略については、ベトナムにおける日系企業による実例が現状、ほとんど見られない。想定される方法としては、現地企業と合弁会社を設立の上で不動産を所有する場合には、物件の売却代金や賃料収入をベトナム国内から国外へ移し、不動産と紐づいていた合弁会社を第三者に譲渡すれば完了する。また、SPCで物件を保有している場合は、SPCの持ち分を第三者に売却するだけで済む。その際、配当課税、キャピタルゲイン課税、外国契約者税などといった税務の観点から、資金をできるだけ効率的に回収することを考え、投資の初期段階からストラクチャーを工夫することが必要だ。
一つの方策として、ベトナム国内でSPCを設定して不動産を保有し、そのSPCをベトナム国外のオフショアSPCが100%保有して、さらにそのオフショアSPCを投資家が最終受益者として保有する形で投資を行うことが考えられる。これによって、投資家は出口戦略にあたり、オフショアSPCの売却を第三者に行うだけで不動産物件のエクスポージャーをオフバランスできると同時に、投資資金回収の効率性にも優れるという見方もある。
(このシリーズは月1回掲載します)
【免責事項】本稿は情報提供のみを目的としたもので、投資を勧誘するものではありません。また、本稿記載の情報に起因して発生した損害について、当行は一切責任を負いません。なお、本稿内容の一部または全部の無断複製・転載は一切禁止いたします。