《108》加速する産業移転の現状と課題(続編)


《108》

加速する産業移転の現状と課題(続編)

 中国国内でもいち早く外資導入が奨励された珠江デルタでは、急速な経済発展とともに膨張する人口や更なる都市化に対応するため、再開発に伴う移転や立ち退きを余儀なくされる企業が増えている。本誌第1488号「加速する産業移転の現状と課題〜珠江デルタから広東省東西北部〜」では、こうした都市化の波や、政府の政策的支援、さらにはASEANからの「中国回帰」などさまざまな要因から、近年、製造業企業が珠江デルタ外縁部の広東省東西北部地域へ移転を進めつつあることを紹介した。本稿では続編として、日系企業が具体的な移転候補地として検討可能かつ特徴を持った清遠、韶関、仙尾市にある3つの工業園区を紹介する。(みずほ銀行 香港営業第一部 中国アセアン・リサーチアドバイザリー課 高妍)

大規模な汚染処理場(写真手前)を有する清遠市龍湾電鍍定点基地

めっき加工の聖地、清遠市龍湾電鍍定点基地

省内でも珍しい、めっき加工企業を専門に誘致する同基地は、広州および仏山市の北側、広東省、湖南省、広西チワン族自治区との境目に位置する清遠市にある。同市の面積は1・9万平方キロメートル、人口は約432万人で、同市中心部から広州市の中心部まで約50キロメートル、広州白雲国際空港までは30キロメートルの好立地にあり、珠江デルタから1時間以内の経済圏にある。

清遠市には広州—清遠高速道路のほか、北京—香港—マカオ高速道路など複数の高速道路が縦横に通っており、珠江デルタ各地とのスムーズな陸路輸送が可能だ。このほか、珠江の支流にある河川港・清遠港からは香港、マカオ等に直通航路が、また北京—広州を結ぶ高速鉄道も通じているなど、交通面での利便性は高い。一方、コスト面では、法定最低賃金が広州市の65%に当たる月当たり1210元に抑えられている。

龍湾電鍍定点基地(写真)の総面積は1300ムー、総投資額は8億元に上る。基地内中心にある汚水処理工場および環境保護設備の整備に総額1・2億元を投じており、金、銀、銅、亜鉛、ニッケル、クロム等の金属やプラスチックのめっき加工企業が主に入居している。めっき加工工程は環境保護の観点から敬遠する工業団地も多いが、隣接する広州、仏山市に集積する自動車関連産業や、広東省の主力産業・製品であるIT・電気・電子部品、金型、生産機械・設備、宝飾品、家電製品には欠かせない工程であり、日本のほか、欧米、アジア各国の外資入居企業も多い。標準工場のほか、自社工場の建設も可能で、用地にもまだ余裕がある。日本語人材は少ないものの、基地内のワーカー人件費は残業代等込みで月当たり4500元程度と、同基地の特性と地理的優位性を鑑みれば十分検討に値する候補地と考えられよう。

オフィス用品の製造基地、韶関市東湖坪工業片区

珠江デルタの北東、広東省北部に位置し、湖南省と江西省に隣接する韶関市は、風光明媚な古都として知られるとともに、豊富な鉱物資源を有することから重工業が古くから栄えてきた。市の中心部から広州市中心部までは約200キロメートル、東莞や深圳市までは約300キロメートル離れているものの、高速道路や高速鉄道の整備が進み、広州市中心部まで車で約3時間、高速鉄道なら約1・5時間でアクセスできる。今回紹介する東湖坪工業片区はその韶関市中心部から北に約50キロメートルの、省境の始興県に位置する。

東湖坪工業片区は県内六つの工業園のうちの一つで、「オフィス用品・文房具・筆記具産業園」の別名を持つ。これは、当該工業区に大手文房具メーカーが進出したのを皮切りに、ペンやインクなどの文房具やオフィス・事務用品メーカーが集積するようになったためで、すでに25社が入居している。地方都市にあるため、法定最低賃金は1210元、ワーカーの実質平均賃金も月あたり1800〜2800元と比較的安価にとどまっているのも魅力だ。すでに開発済みの1000ムーに加え、さらに1000ムーの未開発エリアがあり、今後も文房具やオフィス関連製品メーカーを積極的に誘致していく方針だ。一定規模以上あるいは特定業種の入居企業には、地方政府による各種費用の補助や税金還付などの優遇政策も導入済みという。

クラウドコンピューティング企業の注目集める
深汕特別合作区

さて、珠江デルタ郊外に移転を加速させているのは製造業企業ばかりではない。深圳市のハイテク企業の間で、昨今、注目を集めているのは、同市から東に約100キロメートル、高速道路で約2時間の距離にある汕尾市の深汕特別合作区である。深圳市と汕尾市の双方が協力して開発を進める同合作区の前身は、2008年に設立された「深汕産業移転工業園」で、当初は土地不足が深刻化している深圳市から汕尾市への産業移転を目的とし、その後11年に広東省の正式認可を得て深汕特別合作区となったが、数年前まではほとんど企業誘致が進んでいなかった。

風向きが変わったのは、深圳の大手インターネットサービス企業、騰訊(テンセント)が同区にクラウドコンピューティングセンターを15年に設置したことで、その後、16年には同じく深圳の通信設備・機器大手、華為技術(ファーウェイ)がクラウド拠点の投資を着工し、一気に同区への投資ムードが加速した。深汕特別合作区管理委員会によると、17年6月までの同区への投資プロジェクトは計134件、投資総額は541億円に達しており、足もとでも関連企業の入居が相次いでいることから、数年のうちに大規模なクラウドコンピューティングセンターの出現が現実のものとなりそうだ。

現地日本企業の声

それでは、こうした珠江デルタ郊外の魅力とは何か。まず考えられるのは、人件費が珠江デルタと比べ平均2〜3割ほど安いことがある。省内であれば、道路や鉄道などハード・インフラ面の整備状況も総じて良好で物流面での懸念も少ないほか、地方においては特に、電力供給の安定性への評価は高い。他方、法律・規定や、政府のサービス、生活環境などの分野は、以前に比べ改善されているものの、珠江デルタと比べると、なお改善の余地がある。また、サプライチェーンが未発達であることや、日本語人材の少なさ、さらに駐在員の娯楽や、帯同家族の生活・教育環境はまだ発展途上である。

また、進出企業の多くから課題とされたのは、珠江デルタに比べ出稼ぎ労働者が少ないことに起因する、労働者の量的・質的確保である。進出済みの日系企業は日本語や日本の商慣習に理解がある現地従業員を起用し、管理職に迎えるなどの対応を取ることで、スムーズな経営を目指している。しかし、ワーカーの確保、また珠江デルタ同等の品質を保持するための労働者の質の向上に向けて、現地政府当局や開発区のいっそうの努力が期待されよう。

まとめ

珠江デルタの都市化の波とともに、広東省外縁部への製造業企業の移転はますます進んでいくことになるだろう。その受け皿となる同省東西北部地域には、本稿で紹介したような特色を持つ工業園区が複数存在する。そして、こうした地方都市は、高速道路や鉄道などさらなるインフラ整備や、大手企業の進出を契機に、わずか数年で変貌を遂げるケースも少なくない。当局の対応なども含め、まだまだ珠江デルタに及ばない部分は多々見られるものの、将来的に検討される移転を念頭におき、移転候補地となる各地域の特色や発展の進捗に留意していく必要があるだろう。

(このシリーズは月1回掲載します)
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