28回目となった香港貿易発展局(HKTDC)が主催するアジア最大級の食品展示会「フード・エキスポ」は、昨年8月17~21日の5日間、香港コンベンション・アンド・エキシビション・センターで開催され、世界各国から1542社、そのうち日本からは331社が出展し、過去最大規模となった。今回はそのフード・エキスポの中でも、特に興味深い展示を行っていた日本の出展者をご紹介する。(編集部)
■「サツマイモの葉」で国際進出?
フード・エキスポ開催の前から、徳島から「サツマイモの葉」で出展する企業がある…との「噂」を聞いていたので非常に気になっていた。フード・エキスポにはいろんな食品が出展されるものの、なぜ「サツマイモの葉」なのか? 「サツマイモの葉」を香港に持ってきて、どんなビジネスチャンスがあるのだろうか? これは必ず取材せねばなるまいと思っていた。
数カ月後、取材のためフード・エキスポの会場を隅々歩いている時、ある一角で「ジャーッ!」といため物を始める小気味よい音が聞こえてきた。すると、周囲にはとてもいい香りが広がった。調味料や香辛料の香りではない。生命感にあふれた、新鮮な野菜の香りだ。でも、果たしてこの「香り」は何の野菜だったか全く思い出せない…と思いつつ、香りにつられて近づいてみると、徳島からの、これがあの「サツマイモの葉」の出展者だったのだ。
こちらの芋の葉は、「すいおう」と呼ばれるサツマイモの品種で、漢字では「翠王」と書く。「緑の王」という意味になるが、ヒスイ(翡翠)好きの華人にも受けそうなネーミングである。実物を見ると確かに、鮮やかな緑色をした葉で、シッカリとした茎葉は生命力がみなぎっているかのように輝いている。確かにこれはおいしそうだ。ブースの方に詳しく話を伺ってみることにした。
吉村農園は江戸時代から代々続く農家で、サツマイモと大根の栽培においては100年以上の歴史を持つ。吉村農園インターナショナル株式会社の代表取締役社長である吉村浩明さんは、国際進出を希望する父の意向を受けて香港視察に赴いたが、当初は鳴門金時や大根を売り込もうとしていたところ、通訳の香港人から「サツマイモの葉っぱ」が良いのでは? とのアドバイスを受けたのが大きなヒントになった。
そもそも、中華圏においてサツマイモの葉っぱは、栄養豊富で健康に良いとしてよく食べられる食材の1つであるが、吉村さんが帰国してから調べてみたところ、近年、農林水産省が開発した品種である「すいおう」は、血糖値や血圧の上昇抑制作用、肝脂肪蓄積抑制作用、美白作用(メラニン生成抑制作用)、骨粗鬆症改善作用、抗酸化作用などを持つ、優れた機能性食品なのであった。
国際糖尿病連合の報告によれば、アジアは糖尿病患者が多く、その中でも香港では10人に1人、マレーシアでは5人に1人が糖尿病といわれている。吉村さんはそこで「すいおう」を栽培し、香港を足がかりにアジアの「糖尿病予防マーケット」へ、「ヘルスケア」の分野に進出することを思いついたそうだ。
そして、吉村農園のある徳島県鳴門市里浦町は、キレイな水や汚染の少ない環境に恵まれ、特に農園のある場所は水はけが良く、砂地で多くの空気を含むため、サツマイモの生育に最適の土壌であり、このような環境はすぐに他社や外国で模倣できるものでもない。
「サツマイモ」「農業」とだけ聞くと、特に何の目新しさもない話だが、機能性の高い新しい品種を得て、海外のマーケットに目を向けると、「ヘルスケア事業」として高い競争力を持ったビジネスとなるのである。吉村農園の取り組みは、これからの日本の農業のカタチを感じさせるものなのであった。
■ブランディングと空間演出の妙
フード・エキスポのトレードホール。特に日本からの出展者が集まる「ジャパン・パビリオン」を歩いていると、そこだけが全く日本のような光景で、香港にいることを忘れてしまうほどだが、ここに出現する「日本」を象徴する記号は、「富士山」「桜」「のれん」「はっぴ」「のぼり」などであり、やはり「日本らしさ」を演出すると、こういう風になってしまうのか…。似たり寄ったりの外観となってしまい、時折会場の何処にいるのかわからなくなってしまうことがあった。
ただ、そういうジャパン・パビリオンの一角に、一際目立つ「大人の空間」があった。黒を基調とした落ち着いた内装に、鮮やかな朱色の柱、スタッフの衣装はダークスーツで統一されており、遠目に見ると高級宝飾店のようである。
近寄って見ると、米・いちじく・ちりめんじゃこなどの農水産物、ワイン・ウィスキーなどの酒類、ジャムやトリュフなどのスイーツ類などが、まるで工芸品やアクセサリーのように展示されているのである。そして、これらの全ては神戸の物産。こちらは神戸市が市内事業者と共に設立した「食都神戸」海外展開促進協議会のブースなのであった。
ブースに入ってみると、各展示分野ごとの専門のスタッフと共に、語学堪能な通訳も複数常駐しているため、商品に関する詳しい話を伺うことができた。特に通訳の女性たちは、非常に勉強熱心で商品についてよく理解しているのと同時に、細やかな気配り、丁寧な説明で、顧客対応も高級感あふれる「神戸クオリティ」ものであった。
単に商品を売り込むだけではなく、神戸の「ブランドイメージ」を空間や見せ方、顧客対応などに織り込むことで、他のブースとの差別化を明確に実現していた。「食都神戸」海外展開促進協議会の手法は、これからのフード・エキスポ出展を考える上で、非常に参考になるものではないだろうか。
■「ジーマージャーン!」
フード・エキスポのパブリックホールは、B2Bが中心のトレードホールとは違い、一般客が訪れるエリアである。いつも朝から入場待ちの客が長蛇の列を作り、多くの来場者が入り乱れるが、特に退勤後のオフィスワーカーが加わる夜の時間帯になると、会場内は満員電車並みの人口密度で、足の踏み場もないほどの状態になる。貪欲に新しい美食を求める客、必死に売り込む商売人たちの声・声・声…。香港人の「食」に対する関心の高さ、商売への熱意には驚くばかりである。
このような、フード・エキスポ最大の激戦地とも呼べる夜のパブリックホールで取材先を探していたところ、どこからともなく「ジーマージャーン!」という声が聞こえてきた。広東語? のようだが、なんとなく発音が香港人っぽくない。「ジーマージャーン!」。誰かが喉を枯らしながらも、周囲の喧騒に負けないように、声を振り絞って、ずっと繰り返し叫び続けている。
声の方向を頼りに人混みをかき分けて進むと、右手にごまだれドレッシング(つまり「芝麻醤」=ジーマージャン)のボトルを2つ持ち、それを高く掲げて左右に振りながら、「ジーマージャーン!」と懸命に声をあげる男性が1人立っていた。ブースを見ると「mizkan」と書いている。日本でお馴染みの調味料メーカー「ミツカン」の商品を扱うブースである。
パブリックホールでは、日本企業の出展や、日本人の出展者が少ないながらいるものの、ここは「香港人の世界」であり、多くの日本人にとって「アウェー感」満載の場所である。そこで奮闘するこの人物は日本人なのだろうか? しばらく様子を観察していると、通りすがりの客たちも気になるようで、「ジーマージャーン!」と彼が声をあげるたびに、商品に目を向け、関心を持つ客がチラホラと出て来る。すると、この男性はすかさず商品を持って客に近づき、満面の笑みで売り込みを始めるのである。その時の様子を見ていると、どうやら日本人らしいのがわかった。
筆者はフード・エキスポ2017の5日間の期間中、60社近くの取材を行い、それ以外にも多くの出展者を観察してきたが、ここまで現地スタッフより前に出て、敢然と「アウェーの勝負」に飛び込んでしまう日本人を他に見たことがない。香港人でもここまでやる人は希少だ。これは必ず取材せねばなるまい…と思い、お話を伺ってみることにした。
この男性は、株式会社Mizkanの東京ヘッドオフィスで勤務されている長野健二さんで、アジア圏の営業を担当している。「ミツカン」と言えば、日本人なら誰でも知っている「酢」で有名な調味料メーカーであるけど、ドメスティックな企業かと思いきや、シンガポール、台湾、香港にも拠点を置き、ほかにタイ、マレーシアなどにも進出し、アジアで幅広く展開している「国際企業」なのであった。
長野さんは、以前香港に3年駐在していたが、現在は東京で勤務。毎年、香港の代理店のサポートでフード・エキスポに参加し、店頭販売の最前線で活躍されている。広東語は初心者レベルだそうだが、「ジーマージャーン!」の掛け声でつかまえた客と楽しそうに話し込む様子を見ていると、天性のノリの良さというのか、見事なコミュニケーション・スキルである。
香港では数年前に米酢ブームがあり、「金のごまだれ」はすでに10年以上販売されているベストセラーであるそうだが、そうした商品力もさることながら、言葉の壁を物ともせず、客の中にどんどん入り込んで行ってしまう熱意には感服させられた。これからの時代、日本がアジアの国々と付き合っていく中で必要なのは、このように相手と同じ地平に立って、相手の懐の中に飛び込んでいく勇気と知恵ではないだろうか。