「フード・エキスポ2017」リポート
(4)パブリック・ホール編
28回目となった香港貿易発展局(HKTDC)が主催するアジア最大級の食品展示会「フード・エキスポ」は、昨年8月17~21日の5日間、香港コンベンション・アンド・エキシビション・センターで開催され、世界各国から1542社、そのうち日本からは331社が出展し、過去最大規模となった。今回はそのフード・エキスポの中でも、最も多くの来場者でにぎわう「パブリック・ホール」(Public Hall)から日本との関係が深い出展者を紹介する。(編集部)
■「パブリック・ホール」とは?
フード・エキスポは大きく分けると、「B2Bのトレード・ホール」「B2Cのパブリック・ホール」という分類ができるだろう。
トレード・ホールは商談の場であり(一般来場者への開放は最終日のみ)、パブリック・ホールは一般来場者に対して食品・食材をアピールする場である。試食や販売も多いため、祭りの屋台のようなにぎわいになっている。この特集のタイトルの左側の写真($40の看板を持った女性+たくさんの来場者)がパブリック・ホールの普通の様子である。常に来場者でいっぱい。掛け声、歓声が常に飛び交っており、フード・エキスポが「食の祭典」と称されるのはこのパブリック・ホールのにぎわいのためであろう。
売り手も来場者もほとんどが香港人で、パブリック・ホールは香港の縮図のような場所である。つまり、ここでどのような商品が売れているのか、どのような見せ方をしているのかを深く観察すれば、今後の日本からの出展者にも参考になるだろう。
■「なんちゃって日本」な出展者に学ぶこと
フード・エキスポの出展者総数が1542社、そのうち日本からは331社、つまり日本の出展者は全体の2割程度である。
ただし、実際にフード・エキスポに行ってみると、特にパブリック・ホールへ足を運ぶと、会場全体が日本のブースであるかのような錯覚を起こす。どこを見ても日本、日本、日本…。日本っぽい外観のブース、日本の製品、日本風の製品を扱うブースが圧倒的に多いのである。
そんな中で「熊井」と大きく書かれたブースがあった。赤い鳥居、富士山、暖簾のような和風デザインの垂れ幕、赤ちょうちん、屋台らしきもの。これは日本の出展者では…。でも「熊井」って一体どこの会社だろう? という疑問を抱きながら、ブースの人に話しかけてみたが、こちらは香港の企業であった。
もしや社長が日本人? と思ったが、社長も香港人で、そもそもこの会社に日本人は全くいない、との返答をいただいた。日本とは完全に無関係の会社だったのだ(!)。
「熊井」は超力国際食品有限公司の「ブランド」であって、主に麺、米、小麦などを販売している。ようするに穀物系の食品輸入販売会社である。香港人が日本食を好んで食べ、日本製品に対して信頼感が厚いため、このような「日本風」ブランドを立ち上げて、世界各国から仕入れて、手ごろなお値段で販売しているというわけだ。
この手の食品貿易会社や代理店はパブリック・ホールの会場にもたくさんあるのだが、「熊井」はその成功事例の最たるものかと思う。彼らのブースを観察してみると…。
(1)香港人が感じる「日本っぽさ」は日本人とは違う。熊井のブースをよく見ると、日本人だと考えつかないような「日本っぽい」デザインである。日本人から見ると違和感があるが、香港人に日本を感じてもらうには、このように強調されたデザインが必要のようだ。
(2)製品の全てが日本製ではないし、全てが日本由来のものでもない。取材時に確認した範囲では、徳島産のコシヒカリとウドンは日本製だったが、それ以外はほかの国のもの。タイ製のビーフンなども置かれていた。要するにブースの見た目とは別で、日本食に限定せず、日本のものも含めて香港人が好んで食べるものが集められているのだ。
(3)安全・健康に対する配慮は徹底しており、どの製品も産地がハッキリ書かれ、重金属フリー(この表示は今回のフード・エキスポでは随所で見られた。最近の香港人は特に重金属への警戒感が強いようだ)や、オーガニックなどの表記がされている。今の香港人にとっては、「何が何でも日本製」であるよりも、製品の産地や安全性に関する説明がしっかり明記されている方が重要なのであろう。
■本格派すぎる袋入り生ラーメン
日本のスーパーでもよく見かけるタイプの、生麺と一緒にスープの素が入ったラーメンのブース。小さなカップにスープと麺を入れて、試食させてくれるのだが、この前を通り過ぎる時に「香り」がとても気になった。茹でられた小麦粉の持つ独特の香り、食欲をそそるスープの香り…。おや? と思って1つもらって食べてみると、これは高級店の手作りラーメンでは? と思うぐらいにおいしい。
ブースの人に話しかけ、取材であることを告げて、もう1個もらって食べてみた。すると、やっぱりタダナラヌ味がする。これをラーメン店で出されたら、誰もスーパーで売られているものとは思わないだろう。
ブースの人に聞いてみると、素材は水以外全て日本製を使用し、麺は香港の西貢で日本人の管理の下で製造。スープは北海道小樽のメーカーから供給を受けており、この豚骨ラーメンはすでに香港の日系スーパーでも販売されているそうだ。
日本のラーメンをこよなく愛する香港人には「本物」でないと通用しないのだ。だからこそ、今後も香港では日本のラーメンの需要は深まるのではないか、という手応えも感じられたのであった。
■なぜ日本の卵が人気なのか?
たくさんの来場者でごった返すパブリック・ホールの会場を歩いていると、ふと目に入ったのが日本風の卵のパッケージ…「玉子の家」と書かれている。日本産の卵である。生卵をはじめ、プリン、チーズケーキなど、卵を使用した製品に特化した出展者である。特にチーズケーキのパッケージやポスターは、日本でも見たことがあるような気がするのだが…。
話を聞いてみると、こちらの出展者も日本人社員は1人もおらず、台湾企業のブランドの代理店であるらしい。
ただ、彼らのポスターやパッケージや商品ラインナップを見ると、どう見ても日本企業が香港進出しているようにしか見えない。
かつて香港では、中国本土産の「ニセ卵」が大きく報道されたせいか、香港では安心できる卵への需要が大きい。日系スーパーだけでなく、街中の小さな食料品店でも日本産の卵の扱いが見られるのは珍しくない。
そのような状況から、日本産の卵を日本風のパッケージで販売し、卵を使用した製品も、日本でよく見かけるようなスタイルのもので用意したのではないかと思われる。材料が日本産であること、日本語を使った日本風のパッケージなどで、安心感を持たせているわけだ。
ブースの人に聞いてみると、子供から大人まで誰にでも受け入れられるような商品を…ということで、プリンやチーズケーキに展開しているようだ。
こうして取材をしている間にも、チーズケーキは特に飛ぶような売れ行きだった。やはり、素材の産地がハッキリしていると安心・納得して購入できるのであろう。
■うなぎと醤油
パブリック・ホールを歩いていると気づくのは、やたらとウナギが多いこと。ウナギの蒲焼きは中華圏の人々に広く愛されており、これはすでに「日本食」という枠とは別で、「ウナギ」が特別好まれているようだ。
華人に「なぜウナギが好きなのか?」と聞くと、大体はあの柔らかさ、そして甘いタレが好みであるという答えが返ってくる。中華圏には肉でも魚でも甘い醤油煮込みにして食べる調理法があるので、考えてみるとウナギの蒲焼きはそういう華人の味覚にピッタリとハマってしまったのであろう。
ウナギを取り扱うブースがたくさんある中で、1つ気にかかるブースがあった。ウナギと一緒に醤油も売っているのである。
ブースの人に話しを聞いてみると、こちらはウナギのタレに使っている醤油で、和歌山から取り寄せているものらしい。香港人はウナギが好きだから、ウナギのタレに使用している醤油も好きじゃないかと思って試しに置いてみたそうだ。
香港では日本食が広く受け入れられているため、大型の日系スーパーでなくても、小さな町の食料品店でも日本の調味料が売られていたりする。そうやって日本食材の裾野が広がっているので、有名メーカーの醤油でなくても、何か特徴があれば…、この場合のように「ウナギのタレに使われている醤油」みたいな触れ込みがあれば、受け入れられる可能性もあるのだろう。
この手の日本食材の輸入販売業者の出展は多く、一見似たり寄ったりだが、このブースは「目の付け所」が違うだけあって、取扱商品はどれも他のブースよりワンランク上のおいしさであった。
■客が殺到し続けるブースの謎
こちらは2014年のフード・エキスポ取材でも取り上げたことがある「玄米大吟醸」という名の健康酢を扱う出展者だが、2014年の時はあまりにも客が多すぎてブースに近づくことすら難しいため、写真を撮るのが精一杯で話を伺うことができなかった。今回こそは! と思って何度もしぶとく通いつめて、夜の閉館時間間際で取材することができた。
このブースで最も知りたかったこと、それは、なぜこのブースでは絶えず客が押し寄せていっぱいなのか? その秘訣が知りたいのだが、話を聞きながら観察しているといろいろなことがわかってきた。
まず、このブースで最も目につくのは女性客で、しかもなぜか子供が強い関心を持つのである。その理由を考えてみると、こちらのブースの中で客の応対をしているのはみんな女性であった。健康酢に関心を持つのは女性が多いのか? そこで女性客にしぼった対応を試行錯誤した結果、女性従業員が応対することになったのか。
ボトルやパッケージなどのデザインもかわいくて、キレイで繊細な、女性好みと思われるものであった。試飲の出し方も変わっていて、健康酢を大きなガラスのボウルに注ぎ、氷と水を加えてリンゴを浮かべるのである。そうすると、色鮮やかなジュースのように見えて、飲んでみると酢のキツさはなく、リンゴの甘い香りが気持ちいい。「良薬口に苦し」で我慢して、健康酢をそのままに飲むのではなくて、飲みやすくして試飲を提供することで、多くの客を集めて、その熱気の中でドンドンと商品を売っていくのである。
■「日本=健康」のイメージ
和服のお姉さんがカワイイので、つい足を止めてカメラを向けたのがこのブース。ただ、それ以外にも心に引っかかるものがあった。こちらも日本からさまざまな商品を集めて販売しているタイプの業者だが、もずくうどん、飴、塩、黒大豆酢…。どうしてこんな取り合わせになるのか? 和服のお姉さんに聞いてみると、こちらは健康をテーマに日本の食品を輸入している会社なのであった。
これはこのブースに限定したことではないが、今回のパブリック・ホールの全体のテーマが「健康」になっているかのようであった。多くのブースで安全性の説明(重金属フリー、無農薬、無添加など)か、体にいい(美肌、老化防止、糖尿病予防など)の説明が見られた。会場の様子を見ると、まるで香港人全員が健康志向に目覚めたかのようであった。
ただひとつ、気になったことがある。和服のお姉さんといい、日本産へのコダワリといい、「和味日常」というネーミングといい、どうしてそこまで「日本」を強調するのか? 日本以外にも健康に良いものはあるではないか? この質問をブースの人にぶつけてみたところ、しばらく考え込んだ後、「日本は体に良い、健康の印象があるから」という返答をいただけた。
この「日本への好感度」を理解した上で、香港の需要をしっかりとつかみ、香港人のハートをつかむ「日本らしさ」でアピールできるのなら、香港での商売は成功させられるのではないか。少なくとも、今回私が見てきたパブリック・ホールの各出展者の商売はそのようになっている。今後も日本人がパブリック・ホールに学ぶべきことは少なくない…と思うのである。