香港インターナショナル
ティー・フェア2017 リポート
今年で9回目となった香港貿易発展局(HKTDC)が主催するアジア最大級の茶業展示会『香港インターナショナル・ティー・フェア2017』(以下、「ティー・フェア」)は、8月17~19日の3日間、香港コンベンション・アンド・エキシビション・センターで開催され、世界各国から225社、そのうち日本からは15社が出展し、過去最大規模となった。(構成・編集部)
■世界に広がる日本の茶と文化
本来、中国はお茶の国であり、香港はその貿易をめぐって戦争に発展し、英国に獲得され植民地として発展した都市であった。そういう歴史的経緯もあり、今も香港の至る所でお茶を商う店が見られるし、お茶が香港の生活の中で、広く深く浸透している。
そんな「世界のお茶の本場」で開かれるのが香港のティー・フェアであるから、出展されるのは中国茶、南アジアの紅茶などが多いわけだが、今回のティー・フェアでは会場の正面口を入ってすぐのところに日本の茶室が出現し、煎茶のお点前を学ぶコーナーが設けられ、その周囲に日本の出展者のブースが立ち並んで大いに存在感を発揮し、来場者の関心を広く集めていたのであった。
■福岡から沖縄、香港…そして世界へ
西福製茶は1936年創業。現在、専務取締役の西宏史さん(写真)の祖父が始めた会社である。1998年、西さんは26歳の時に家業を継いで茶の商売を始めた。2004年に沖縄へ進出したところ大反響を得て成功を収め、2005年に香港に進出。それを足がかりに現在はマカオ、カンボジア、タイ、マレーシア、中国、オーストラリア、アメリカ、ロシア、スペイン…と、この12年間で世界の10の国と地域にまで商売を広げるようになった。
そもそも、西さんは家業を継ぐ前に某有名クリーニング店の営業をしており、九州で2番目の成績を収めていたのだという。強力な営業力があったからこそ、世界への進出も可能だったのだろうが、西さんが主に取り扱っている八女茶とはどんなお茶なのだろうか。
農林水産大臣賞を受賞したお茶を試飲させてもらったところ、一口含んだだけで、まるで極上のスープのような深い旨味が広がった。
「八女の伝統本玉露なのですが、アミノ酸を多く含んでいるために、このような味になるのです」と、西さんが説明を始めてくれた。茶は霧の多いところでおいしくなるといわれるが、それは遮光されることで茶が無理に光合成しようとする結果、アミノ酸が増える…という仕組みであるらしい。八女では天然の霧に加えて藁で遮光し、茶に含まれるアミノ酸を増やしているそうだ。
このような本格的な伝統本玉露がある一方で、西福製茶のブースでは、抹茶ラテやインスタントもあった。
「『なーんちゃって系』と呼んでいるのですが、本格的な伝統のお茶とは別に、こういうお茶があることで、商売の裾野が広がるものと思っています」
営業力と商品力、伝統と革新…硬軟織り交ぜての巧みで柔軟な対応こそが、西福製茶の国際進出の成功の秘けつではないだろうか。
■文化と寄り添いながら、日本のお茶を世界へ伝える
繊細な絵柄に「飛鳥製茶研究所」と社名の入ったタペストリー…パッケージや茶を入れた容器なども独特である。日本の伝統文化を踏襲しながらも洗練された印象だ。
代表取締役の飛鳥典子さんは以前、米国で勤務しており、その際に来社する人々へ日本茶を振る舞い、多くの好評を得ていた。その時の「手応え」がお茶の仕事を始めるキッカケにつながったそうだ。
「それまでは海外のものを日本に入れる仕事をしていたのですけれど、日本のお茶の業界も高齢化などで生産者が減っていますので、このままでは良質なお茶を丹精込めてつくっている茶園、製茶工場が廃れてしまう…海外に高品質な日本のお茶をもっと広めて、日本を盛り上げていかなくっちゃ! と思ったんです」
飛鳥さんはそもそも静岡の生まれで、曽祖父の代からのお茶農家の家系であり、母は茶道家であった。そうした家庭環境にあったため、海外で気付きを得た後、日本茶の文化と産業を盛り上げる使命感が芽生えたのではないか。
「最近は、中国産の宇治抹茶や煎茶があって、年々と品質も良くなっているし、海外への輸出も始まって量も伸びているのですね。そういう中で、日本のお茶産業が生き残るためには、日本のお茶文化と寄り添う形で、日本のお茶の良さを伝えるべき…と思いました」
そこで、現在は北京にも法人を設立し、お茶会を開催するなどして、日本のお茶文化を伝える活動にも取り組んでいるそうだ。
■リンゴよりもリンゴの味がする?
冒頭の茶室の取材の際、お点前を頂戴した。そのとき運ばれてきたのはむき栗を連想させる、少しシャープなシルエットのお菓子。和菓子にしては華やかさもなく、むしろ地味な印象。「そういえば、香港で和菓子はどうやって調達するのか?」と疑問に思うも撮影が忙しく、無作法を申し訳なく思いながらも、お菓子は切らずに一口で戴いた。
その瞬間…「あれ? 私がいま口に入れたのはなんだったっけ?」と不思議な気分になった。「いま食べたお菓子は一体何なのだ?」
小さな饅頭とばかり思っていた。しかし、かむと瑞々しい味と香りが広がる…りんご? いや、リンゴをそのまま食べても、ここまでりんごの味はしない。これほどまで新鮮・濃厚な味と香りのりんごを使ったお菓子を今まで一度も食べたことがない。
茶室を出て取材を続けていると、このお菓子のメーカーのブースを見つけた。
「日本の伝統的な和菓子は色、形など、目を通じて楽しませるもの。今回はその概念を覆し、りんごならりんごそのものを食べている感覚で『和のテイストを楽しむ…』という『新しいジャパニーズ・スイーツ』を目指し2年かけて試行錯誤して商品化にこぎつけた」と説明をしてくれたのが、株式会社グルメデリカの細江正浩さん。「素材そのものの香り」が最大の特徴で「香るおはぎ」という名前になったとか。その内容を簡潔にまとめると…着色料、香料は一切不使用/リンゴは山形県産フジりんごを使用/濃縮した果汁と摺り下ろした果汁の2種類を使用/冷凍で1年保存可能、そしてなんと「おはぎ(もち米)」であるのに「冷蔵」での保管が出来る。そのため、解凍日を含めて4日間おいしく食べることができる…ということであった。
最近は中国でも、日本の茶道が広がりつつあり、内陸部でも茶道教室、茶道の愛好家が増えている。そうした時に問題になるのは、最初は茶室や茶道具の用意であるけど、これらは消耗品ではないので一度そろえればなんとかなる。抹茶は中国産もある。しかし、和菓子の用意が難しい…と中国本土の茶道愛好家から聞いたことがある。
グルメデリカの「香るおはぎ」であれば、冷凍での輸送が可能であり、保存性が良いだけではなく、味や香りも優れているのだから、これが内陸部にも流通し始めれば、茶道の普及にも大いに貢献するのではないだろうか。
■知られざる陝西茶の世界
今回のティー・フェアで、一際目立っていたのが、日本の茶室の隣にあった陜西省出展者の合同ブースである。いかにもという感じの「中華風」…。陜西でお茶を作っているのは聞いたことがある。しかし、特に有名な産地でもない。その陜西省の出展者が、香港のティー・フェアで大きなブースを設けるには、よほどの理由があるに違いない。
合同ブースの中は広々として、複数の業者が入っている。その中で、落ち着いた雰囲気の紳士が、2人の美女と茶を飲み歓談していた。何かわけありの様子だ。この紳士に話を聞いてみることにした。
紳士は陜西省茶業協会の副秘書長であった。彼の話をかいつまんでご紹介すると…
そもそも陜西省は中国でも古い歴史を持つ茶葉生産地であり、3千年前に陜西省南部で茶の人工栽培が始まった/漢王朝の景帝の墓から2千年以上前の茶葉が発見され、これらは全て新芽のみで高級品であった/陜西の茶の生産は以来ずっと続いてきたものだが、ほとんどは黒茶…主に茯茶であった(訳注:茯茶は主に西域や内蒙古などで飲まれるもので、陜西省はそれらの地域に近いため茯茶が作られていたのではないかと思われる)/近年、紅茶や高級品の生産に力を入れている/現在、陜西省で茶葉が作られている地域は高海抜で工業が未発達の場所であり、環境汚染が非常に少ない(訳注:陜西省安康市の地図をご覧いただきたい。漢水の上流に位置し山ばかりである)。
話をうかがっていると、透き通った金色の液体で満たされたガラスの器が出てきた。これが陜西省で作られる最高級の紅茶であった。ちょっと色が薄すぎるのでは…と思ったが、茶を口元に近づけてみると凛とした香りが漂い、口に含むと一滴一滴に茶の味がしっかり抽出されている。全く水っぽさはなく、雑味もない。一言でいえば「うまい」。
中国で紅茶といえば、安徽省の祁門紅茶が有名だが、陜西紅茶はそれに勝るとも劣らない、洗練された高級品だ。陜西省は、その伝統と地理環境を上手に活用し、茶の品質向上を実現したのだろう。なるほど、だからティー・フェアを通じて、世界に打って出ようとしたわけだ。
■抹茶石鹸
ティー・フェアの日本出展者が並ぶ中、1つだけ雰囲気の違うブースがあった。緑に染められたのぼりには「静岡抹茶」と書かれているが、その後に「石鹸」と続く。
「お茶には、カテキン、ビタミンC、アミノ酸…と肌に良い成分が豊富に含まれているので、石鹸に入れてみては…という発想から始まりました」と説明してくださったのは、株式会社フロムSの常務取締役の山村智直さんである。
同社は元々お茶の商売をしていたが、もっと違った形でお茶の良さをアピール出来れば…と考え、お茶を使ったコスメに特化し始め、今後は海外への展開を本格化させようと思い、今回香港のティー・フェアに参加したそうだ。
この取材をしている間、山村さんと一緒にブースの中に入っていたのだが、多くの女性客が足を止め、興味津々に抹茶石鹸を見るのを何度も目撃した。国籍も民族も関係なく、女性に高い関心を持ってもらえるようであった。たぶんお茶の持つイメージや、日本製のお茶を使っていることの安心感などが、好印象を与えるのだろうか。「日本」のブランドイメージ、飲料に限定されない「お茶」の商材としてのポテンシャルを大いに実感したのであった。