実録映画ブーム再燃の波

2大スター初競演の『追龍』

9月28日に香港公開された『追龍』(写真提供・Panasia Films Limited)

今年の国慶節シーズンを彩る大作映画として、現在公開中の『追龍(英題・Chasing Dragon)』。甄子丹(ドニー・イェン)と劉徳華(アンディー・ラウ)という、2大スターが初競演を果たしたことが大きな話題になっている本作だが、1991年に公開され、いろいろ話題を呼んだ『跛豪』のリメークということにも注目が集まっている。

そもそも、『跛豪』とは60年代から70年代にかけて、大量の薬物を扱い、香港黒社会の「四大家族」の1人として恐れられた、「跛豪」の異名を持つ呉錫豪(ン・シェクホー)を題材にした歴史伝記片(実録映画)である。

ドラマ『上海灘』で周潤発(チョウ・ユンファ)の相手役を演じ、お茶の間の人気者になった呂良偉(レイ・ルイ)が、毛沢東の大躍進政策のあおりを受け潮州を飛び出して新天地・香港で成り上がっていくというステッキが特徴的な主人公を熱演。さらに、中国本土出身の犯罪者を描いた『省港旗兵』シリーズの麥當雄(ジョニー・マック)によるセンセーショナルな脚本、人気スターを輩出した警察ドラマ『新紥師兄』の潘文傑(プーン・マンキッ)監督による重厚な演出。そして、香港映画(港産片)最長ともいえる143分の上映時間もあり、公開当時は大ヒットしただけでなく、翌年の香港電影金像奨において、最優秀作品賞・脚本賞を受賞するなど、高評価を受けた。

そして、同じ制作チームによる、20〜30年代に魔都・上海を牛耳った杜月笙(ドゥー・ユエション)をモデルにした『歳月風雲之上海皇帝』『上海皇帝之雄霸天下』のほか、60年代以降にマカオにおけるギャンブル・ビジネスの礎を築いた何鴻燊(スタンレー・ホー)らをモデルにした『賭城大亨之新哥伝奇(カジノ・タイクーン)』『賭城大亨II之至尊無敵(カジノ・タイクーンⅡ)』など、いわゆる歴史伝記片ブームを起こすことになった。

そんな中、劉徳華の演技が高く評価されたのが、91年公開の『五億探長 雷洛伝I電老虎(リー・ロック伝/大いなる野望PART1 炎の青春)』『五億探長 雷洛伝II父子情仇(リー・ロック伝/大いなる野望PART2 香港追想)』である。

黒社会の大物と汚職警官を描く意義

この作品で劉徳華が演じたのは、50〜60年代に2万人の部下を率いながら、裏の顔を持っていた汚職警官として知られる、呂楽(ルイ・ロック)をモデルとした雷洛。もちろん、彼は黒社会とも深いつながりを持っていたわけで、そのなかには先の呉錫豪もいた。つまり、『跛豪』には呂楽が、『雷洛傅』には呉錫豪が重要なキャラクターとして登場しており、今回の『追龍』では劉徳華が26年ぶりに雷洛を演じているのである。『追龍』では2人の知られざる友情が描かれ、かなりフィクション色が強くなっていると思えるが、やはり気になるのがこのテの作品の見どころであるバイオレンス描写などが、どう調理されるかである。

先に挙げた90年代の歴史伝記片は、完全な港産片として、規制にとらわれず、やりたい放題だったが、今では中国本土との合作は必要不可欠。中央政府において、完全な悪の象徴である黒社会をテーマにし、彼らを英雄視することは検閲の対象にあたることであり、すでに故人である呉錫豪、呂楽にも、ある程度の「制裁」を加えるだろう。

現に、劉青雲(ラウ・チンワン)が60年代にドラッグディーラーとして名を馳せた陳慎芝(チャン・サンチー)をモデルとするキャラを演じた、5月公開の『慈雲山十三太保』のリメーク『毒。誡(どくのいましめ)』では、彼がキリスト教徒として改心し、社会活動に勤しむ姿やノスタルジーばかりが強調されていた。『雷洛伝』で鋭い演出を見せた劉国昌(ローレンス・アモン)監督作にもかかわらず、オリジナルの味わいが損なわれてしまったのだ。そういう意味でも、国民的英雄である甄子丹のアクションを売りにした『追龍』の仕上がりは、要注目だといえるだろう。

 

筆者:くれい響(くれい・ひびき)
映画評論家/ライター。1971年、東京生まれのジャッキー・チェン世代。幼少時代から映画館に通い、大学時代にクイズ番組「カルトQ」(B級映画の回)で優勝。卒業後はテレビバラエティー番組を制作し、映画雑誌『映画秘宝』の編集部員となる。フリーランスとして活動する現在は、各雑誌や劇場パンフレットなどに、映画評やインタビューを寄稿。香港映画好きが高じ、現在も暇さえあれば香港に飛び、取材や情報収集の日々。1年間の来港回数は平均6回ほど。

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