パラダイスから妖怪都市へ


減ってゆく商売繁盛、
膨張する民主の主張

ケリー・ラム(林沙文)
(Kelly Lam)教師、警察官、商社マン、通訳などを経て、現在は弁護士、リポーター、小説家、俳優と多方面で活躍。上流社交界から裏の世界まで、その人脈は計り知れない。返還前にはフジテレビ系『香港ドラゴンニュース』のレギュラーを務め、著書『香港魂』(扶桑社)はベストセラーになるなど、日本の香港ファンの間でも有名な存在。吉本興業・fandangochina.comの香港代表およびfandangoテレビのキャスターを務めていた

過去2回にわたり紹介してきた「食文化と香港人の本音の関係」についてのお話はまだ続きがありますが、その最終章に入る前に少しお休みして、今回は最近香港で起きた大学生と大学に関係する事件についてお話しします。読者の皆さんの想像を超えるような現在香港で発生している政治・社会の大問題を、この事件を通して分析しなければいけないと思うからです。

9月初旬に香港の大学でいくつかの事件が発生してから、立法会議員の葛珮帆(Elizabeth Quat)氏ら建制派(親政府派)の議員たちは、それらの事件に対して批判しました。中国に敵対するというだけでなく、道徳も人間性もない、過激な行為だと指摘し、こんな行為が続くなら香港は将来、妖獣都市(妖怪都市、モンスターシティー)になるだろうと発言しました。

確かに、葛議員の発言に私は納得し同意しましたが、でも、彼女の発言は半分正しく、半分間違っていると思います。それは、香港はもうすぐ妖怪都市になるんじゃなくて、香港はすでにすごい妖怪都市になった、という言うほうが正解だと思うのです。1997年の返還の前後に皆さんが気づかないうちに変貌していて、そのころすでに妖怪都市としてのすべての条件を満たしていたと私は確信しています。

世界の中でも香港は先進都市でありながら、信じられないようなひどい問題がたくさんあります。非常識で法律違反や道徳違反、デタラメな言動が毎日私たちの周りで発生しています。日本人読者の皆さんは広東語が分からないという言葉の問題もありますから、こんな異常な発言、行為にあまり影響されないかもしれませんが、香港人なら子供から老人まで毎日こんな問題で迷ったり、迷惑かけられたり、影響されたりしているのです。

香港人なら反中国派でも親中国派でもどちらでも、毎日大袈裟に報道されている学生代表、議員、評論家の発言・弁論に大変影響されているのです。気がつかないうちに過激な思想、変な考え方を持つ先生や学生、議員、弁護士、政治家、評論家がどんどん誕生してきました。彼らに影響を受けているのです。香港は、以前は成功を収めていたアジアトップの都市だったのに、今では驚異的にデタラメ、めちゃくちゃな妖怪都市に変わり果ててしまったのです!

学生の言論の場である「民主の壁」

9月の頭に特区政府教育局の蔡若蓮・副局長の25歳の息子が突然に自分の住んでいるビルから飛び降り自殺したことが報じられました。高学歴で音楽や運動も得意という文武両道の息子は物理療法士をしていましたが、1年前にトライアスロン大会で負傷してから情緒不安定になっていたそうです。これは大変残念でかわいそうな事件です。しかし事件発生後、もっと驚くような事件が発生しました。自殺が明らかになった当日の午後5時ごろ、教育者を養成する香港教育大学(The Education University of Hong Kong)の校内の民主の壁(学生が個人的な意見や発言を自由に張れる掲示板)に「息子が亡くなっておめでとう」という大きな文字が張り出されたのです。

また同じように香港城市大学(City University)でも、警備員が3人の学生が似たような皮肉な発言を掲示板に張るのを見つけました。警備員は3人の身分証提示を要求してから3人の行為を拒絶したため、学生はすぐにその張り紙を外して現場から逃げていったそうです。人間の常識や感情で考えると、お母さんが息子を亡くしたことに対し、おめでたい、おめでとうと発言するなんて、言うまでもなく冷血な行為であり、人間とは思えない行為です。

冷血な張り紙は言論の自由か?

実は、蔡副局長はいつも反中国派の攻撃目標になっています。以前、彼女は国民教育という政策を進めたり、実行したりすることがありました。国民教育は当時洗脳教育と批判されて、反中国派の政治家をはじめ議員、教育界の代表、教師、学生会の会長、学生に強烈に反対されたことがあります。

蔡副局長に対する冷血な張り紙のことが報じられてからは、社会から大変強烈な非難が出たけれど、いつも反中国、反政府の評論家、政治家、弁護士、議員、教育界の代表、学生会の会長たちから、いろいろな反応がありました。そのほとんどが、黙っている、あるいはその内容に納得しない、軽く非難するという反応でしたが、その一方で学生たちの冷酷な行為は「言論の自由のひとつ」と言う人もいます。

ある弁護士や議員は以下のような発言をしました。民主の壁と呼ばれる掲示板はいつも学生が激しい弁論をたたかわせる場所だから、不満を持つ人は自然に反撃するだろう、だから大学側は心配しなくてもいい——。もし大学側が最後まで追及するなら「以言入罪」の先例をつくることになると言うのです。「以言入罪」とは、言語で罪になるということです。

また、亡くなった人は政府の高級公務員の子供ですから、政府もその冷血な張り紙を激しく非難するのは、政府の高いポジションの人を応援するような印象を与えます。大学の校内事務に政府が干渉するというイメージを公衆に与える——というような意見が議員と弁護士から出ています。

教育大学の学生会の会長は、その張り紙の内容を支持しないけれど、その考え方を持つ人の言論を尊重するし、民主の壁は学生会の管轄範囲であり、大学側は事件を追究するべきではない、学生会が自分で解決するとコメントしました。大学が防犯カメラの映像を見て張り紙を張った人物が誰なのか特定することに、学生会は賛成しないという立場を表明しました。

一部の香港人が持つおかしな価値観

毎日こうした事件を通して、学生の挑戦的な態度やそれに対する賛成、反対の声が子供から老人の耳にまで入っているから、極一部の香港人は現在異常な価値観を持っています。政治的な立場が違う中国、政府、学校に強く反対し、人権と民主、言論の自由を主張する権利や価値観によって冷血な人間らしくない言動をある程度許容できるようになっています。これは香港のおかしな現状です。

もっと信じられないのは、この「おめでとう発言」の主人公は、インターネットで公然に自分がその文字を掲示板に張ったことを認め、さらに「早くおれを捕まえてみろ、おれも(この行為が)どんな法律に違反したことになるのか知りたいから」というメッセージを出したことです。

私ケリー・ラムはこの連載の中で、すでに10年以上前に「昔から1990年までの香港は香港人の誰もがどんなことに対しても、法律違反になる心配があるならやりたいこともすぐやめます。ただし返還直前に突然巻き起こった人権、民主、言論の自由の異常膨張によって返還後の香港人は、明確に法律違反でないのなら誰でも勝手にやっても平気。警察が来ても誰も怖がらないだろう」と予言したのですが、その通りになりました。

現在の香港では、法律違反かどうかあいまいで違反になる可能性があっても、公然と大胆に現場にいる警察に挑戦します。「言ってくれ、オレはどんな法律違反をしたのか! 言えなければ、黙ってくれ! オレの邪魔をするな!」。そう考える香港人がたくさんいます。この「おめでとう発言」を民主の壁に張った人間の行為は、その代表的な行為と言っても過言ではありません。やはり今我々の住んでいる香港は妖怪都市なのです!
(このシリーズは月1回掲載します)


ケリーのこれも言いたい
「おめでとう発言」をした学生は当日、張り紙をする時に、「香港独立」という文字が書いてあるTシャツを着ていたそうです。次回はこの張り紙事件の背景には何があるのか、お話ししましょう。

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