神戸市生まれのバイオリニスト・木嶋真優さんが8月19日に、香港シンフォニエッタと共演した。同楽団との共演は東京公演以来11年ぶりのことだ。木嶋さんはチェリストで指揮者の巨匠ロストロポーヴィチから「世界で最も優れた若手バイオリニスト」と絶賛され、欧米や日本のトップオーケストラとの共演や国内外でのリサイタルなど、幅広く活躍する注目の若手バイオリニスト。バイオリンとの出合いや音楽とのあり方、香港で演奏されたハチャトリアンのバイオリン協奏曲についてなど、語っていただいた。
(文・綾部浩司/取材協力と写真提供・Hong Kong Sinfonietta)
音楽は一番自由に表現できるツール
「バイオリンは3歳の時に弾き始めましたが、最初は趣味でした。私の親は私にバイオリニストになってもらおうとは全く思っていなかったので、音楽学校ではなく普通の私立小学校に入学しました。バイオリンの稽古と共にお絵かき、お習字、バレエ、ピアノのお稽古などもあって、音楽以外の生活もすごく長かったし、音楽をずっとやっていたお友達よりもいい意味で当時は一般的な生活が出来ていたと思います。
音楽ばかりに浸っていなかった生活というものが、今でも音楽が一番好きでいられる理由だと思います。というのも、押さえつけられて音楽はするものではないし、音楽をやっている時は自由であるべきだし、自分の一番自由に表現できるツールとして音楽があるべきだと思うので、大きな負担をかけないでいることが音楽が好きでいられることだと思います」
そう語る木嶋さんにとって、世界を代表するバイオリニスト五嶋みどりさんとの出会いは衝撃的だったという。
「小学校2年生(7歳)の時に大阪で当時まだ20代だった五嶋みどりさんのレクチャーコンサートがあり、直接レッスンを受けたのです。この人みたいになれるはずはないけど、バイオリニストというのはすごく素晴らしいと感じました。間近で拝見して一番最初に大きな衝撃を受けたバイオリニストは五嶋みどりさんです」
アルメニアが生んだ大作曲家ハチャトリアンのバイオリン協奏曲については、2014年にアルメニアでこの作品を演奏した当時を振り返って、語ってくれた。
「アルメニアの人たちと数日間過ごしている間は、私自身を全部オープンにして吸収して帰りたい、と考えていました。滞在中に触れたさまざまな現地の生活や文化を通じて感じたのは、アルメニアの独特の音や空気でした。それは自分が知っていたものとは全く異なっていました。
この協奏曲については敢えて悪い言い方をすると、土臭いし土っぽい。たとえば3楽章などはバレエのような音楽なのですが決して軽くならない、スマートになりすぎてはいけない。少しダサいというか、ジャリっとしているというか、足音がドンドン、と鳴るような感じがこの作品にはあります」
木嶋さんは数年前にプライベートで香港を訪れた。しかし香港の街中や観光地には全く行かなかったという。それはなぜなのか。
「コンサートなどのスケジュールが空くと、日本や欧州の自宅から離れて、海外に練習しに行くんです。数年前に香港に来たのも、実はホテルにこもって練習だけするために来ました。いい意味で自分を追い詰めるというか、ひとりだけになって、自分をリセットしてバランスを取るためなのです。
ソリストとして舞台の上に立ってやることは全て自分に良いことも悪いことも跳ね返ってくるので、1人でいることの大切さがあるのです。つまり舞台に立った瞬間『急に1人になった!』と感じずに『今ここでやるべきことが出来る時が来た』って当たり前の精神をつくるためです。そうすることで世界観のラグがなくなるのです」
自身が日ごろから心掛ける音楽演奏について木嶋さんは、「完璧に弾けた、上手だったとか、感動したじゃなくて感心したってコンサートはたくさんありますよね。しかし心が震えたとか、あんなに感動するワンフレーズはなかったとか、というようなコンサートをやっていきたいです。でもそれはリスクをすごく兼ねることなので、うまくいかないこともとてもたくさんあるんですけどね」と言って微笑んだ。