SMBC経済トピックスでは、アジア地域において注目されている産業や経済の動向を紹介します。今回のトピックスは中国の石炭価格統制の影響です。中国政府は、乱高下する石炭価格の安定化を狙いとして、2017年に入り石炭の基準価格制度を導入しています。中国は世界の石炭消費・生産の約半数を占めることから、今後世界の石炭市況は中国の基準価格を一つの目線として安定化していくものとみられています。石炭会社からは「現在の基準価格では多くの炭鉱が黒字を確保可能」との声が聞かれるほか、石炭の需要者である鉄鋼メーカー等からも「業績の安定につながる」として、中国の石炭価格統制に対しては総じてポジティブな反応がみられます。ただし、2017年の基準価格は中国電力業界の収益性も配慮した水準とされるものの、中国大手電力会社の一部からは、基準価格が高すぎるとの声が出ており、2018年初の基準価格改定のタイミングで基準価格が多少引き下げられる可能性も指摘されています。基準価格近辺が採算ラインとなっている炭鉱を有するプレーヤーは、戦略の見直しを迫られる可能性があるため、動向が注目されています。
(三井住友銀行 (中国) 有限公司 企業調査部 木村 拓雄)
これまでの経緯
中国では2009年以降、石炭各社による新規参入や能力増強が相次いだ一方で、深刻化する大気汚染を背景に政府がクリーンエネルギーへの急速なシフトを進めたことから、石炭の過剰設備問題が深刻化。これが世界の石炭市況の下落や中国の石炭会社の業績悪化をもたらしました。
中国政府は、石炭が中国において一次エネルギーの約60%、電源構成の70%を占める重要なエネルギー源であることから、構造改革(サプライサイド改革)の本丸として2020年までに8億トン(2015年生産能力42億トン)の既存生産能力淘汰などの目標を掲げ、2016年より石炭業界の過剰設備淘汰を推進しています。
ただし、2016年は2・9億トンの過剰生産能力淘汰に加えて、国内炭鉱の採掘日数の制限(330日→276日)を実施した結果、石炭価格が急騰。石炭の需要先である中国国内の火力発電事業者の採算が急速に悪化したことを受け、政府は2016年10月から採掘日数制限を解除したため石炭価格が低下、石炭市況は乱高下が続きました。
石炭価格統制の仕組み
こうした中、中国政府は、2017年1月より発電用石炭の基準価格(毎年年初に改定)を導入、石炭会社に対して生産量の調整(採掘可能日数の調整)などを求めることにより、スポット価格を基準価格へと誘導しています。具体的には、スポット価格が基準価格から±12%以上乖離した場合には、生産量の調整を実施することとなっています。基準価格は石炭業界と電力業界双方の収益性を配慮した水準とされており、2017年の基準価格は535元/トンで設定されました。
現時点で本政策の実施期間は未定ではありますが、業界内では、「石炭業界の構造改革では100万人超の配置転換を伴い、多額のリストラ費用が必要。石炭価格統制の導入により石炭会社の安定的な利益を確保し、リストラ費用を捻出する政府の狙いがある」、「過剰設備淘汰の目処がつく2020年前後まで継続される」との声が聞かれています。
石炭の国際価格および関連業界への影響
世界の石炭市況は石炭消費・生産の約半数を占める中国の需給動向の影響を強く受けることから、石炭の国際価格は中国の基準価格を一つの目線とし安定化することが期待されています。実際、2017年1月の基準価格導入以降、中国の石炭価格は基準価格の±12%のレンジで安定しているほか、国際価格についても基準価格前後で推移しています。
中国の石炭価格統制について、石炭会社からは「現在の基準価格では多くの炭鉱が黒字を確保可能」との声が聞かれるほか、石炭の需要者である鉄鋼メーカーやセメントメーカーなどからも「業績の安定につながる」として総じてポジティブな反応がみられます。一方、中国大手電力会社の一部からは、基準価格が高すぎるとの声が出ており、2018年初の基準価格改定のタイミングで基準価格が多少引き下げられる可能性も指摘されています。
このため、資源大手の一部がポートフォリオ見直しなどの目的で石炭権益の売却を進める中、本制度の導入により買い手企業の中長期的な石炭価格の見方が保守的なものとなり、売却価格に影響を与える可能性があります。また、基準価格近辺が採算ラインとなっている炭鉱を有するプレーヤーは、戦略の見直しを迫られる可能性があるため、動向が注目されています。
(このシリーズは2カ月に1回掲載します)
〈筆者紹介〉
木村 拓雄(きむら・たくお)
三井住友銀行(中国)有限公司部長代理。
関西学院大学経済学部卒業後、法人営業部勤務を経て、10 年より企業調査部(東京)で自動車業界を担当、現在は上海に駐在。中国自動車のほか、石油化学やエネルギー業界のアナリストとして活躍。
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