《103》 中国自動車産業の新常態 〜ルールチェンジがもたらす変化〜

 世界最大の自動車市場・工場としてのポジションを確立した中国であるが、「製造大国であるが、製造強国ではない」という政府の課題認識の下、新エネルギー車の発展に政策の重点をシフトしている。2018年には、大きな変節点となる可能性を秘める新たな規制導入が予定され、中国自動車産業は“新常態”への転換を迎えるであろう。完成車メーカーのみならず、サプライヤーもまた、“新常態”に対応すべく、戦略の転換が求められる。
(みずほ銀行産業調査部香港調査チーム 古賀裕一郎)

※2016年10月発表のロードマップでは15%となっていたが、2017年4月の「自動車産業中長期発展計画」では20%と上方修正された。(出所)中国汽車工業協会(CAAM)、省エネルギー新エネルギー車技術ロードマップ、中国信息情報化部HPよりみずほ銀行産業調査部作成

⒈中国自動車産業概観

 中国自動車市場が世界最大となってすでに久しい。2016年の自動車販売台数は、低排気量車減税政策による需要喚起効果もあり、2800万台を超えて過去最高を更新した。当該減税政策は2016年末で終了予定であったが、減税幅を縮小した上で、2017年末まで延長された。2017年の自動車販売台数は、減税幅縮小の影響が顕現化してきているものの、1月から7月までの自動車販売台数は1533万台(前年同期比+4・1%)とプラス成長を維持している。電気自動車(EV)、プラグインハイブリッド車(PHEV)を中心とした新エネルギー車市場も2016年には50万台を超えて、順調な拡大が続く。市場全体に対する新エネルギー車の割合は足元2%程度であるが、2017年4月に発表された「自動車産業中長期発展計画」において、2020年までに年間200万台、2025年までに市場の20%(2025年の生産販売目標3500万台から算出した想定市場規模700万台)を新エネルギー車とする旨が記載されており、すでに世界最大規模である中国の新エネルギー車市場もまた、今後一層の市場拡大が期待される(図表)。

⒉自動車産業政策の転換

 生産規模の面からみても、中国自動車産業は世界最大の自動車工場としてのポジションを確立している。しかしながら、個別のプレイヤーに目を向けると中国系完成車メーカー単体での国際競争力は高まっていない。国内生産台数に対する輸出台数の割合は5%を下回っているうえに、輸出台数は足元2年連続で減少しており、課題とされている過剰な国内生産能力を輸出に活用することはできていない。輸出に限らず、中国以外の主要自動車市場でプレゼンスを発揮している中国系完成車メーカーは見当たらず、「4大4小」に自動車生産を集約し世界で戦える自国企業を育成するとされた産業振興計画は実現できていない、というのが現状であろう。

 中国政府は、2015年に公表された「中国製造2025」において、「わが国はまだ工業化の途上にあり、先進国と比べると大きな差がある。製造業は大きいが強くない。自主的なイノベーション力は弱い。コア技術とハイエンド装備は対外的依存度が高い。企業を主体とした製造業におけるイノベーションの体系は不完全である。製品のランクは高くなく、世界的に知名度の高いブランドがない」と総括しており、規模拡大に重きを置いた従来の自動車産業政策での自国企業育成・強化の限界を認識しているように見える。

 加えて、自動車の急激な増加により環境問題が深刻化する中で、中国政府が近年自動車産業の発展方針の重点をシフトしているのが「新エネルギー車・省エネルギー車」である。前述の「中国製造2025」においても10大重点分野の一つとして位置付けられた。特に新エネルギー車については、規制の強化や政府の手厚い補助金政策を背景に、新規参入も含めた中国系プレイヤーが積極的に投資しており、中国自動車産業における重要性は急激に高まりつつある。2017年6月に発表された「完成車投資項目管理の意見」においても、既往エンジン車の新規投資プロジェクトを原則認めないとする一方で、EV生産については外資企業の合弁2社規制を適用しないとするなど、既往エンジン車から新エネルギー車へ重点を移そうとする方針が伺える。

 こういった自動車産業政策の重点シフトを受けて、EVベンチャーと提携した中国系IT企業・楽視や、EV生産ライセンスを取得した中国系大手部品サプライヤー・万向集団など従来とは異なるプレイヤーも、ビジネス機会を捉えようと参入、積極的な投資を行っている。

⒊変節点となるNEV規制導入

 中国の新エネルギー車産業政策の中でも、大きな変節点をもたらす可能性があるのが「新エネルギー車クレジット管理規制(通称「NEV規制」:New Energy Vehicle規制)」である。この規制は、完成車メーカーに新エネルギー車の生産を義務付ける規制であり、意見募集稿によると2018年の導入が予定されている 。NEV規制が施行されれば、新エネルギー車の急激な増加が見込まれ、市場に占める割合も高まっていくことが想定される。見方を変えると、足元市場の大宗を占めるガソリン車を中心とした既往エンジン車の成長鈍化、将来的な市場縮小も想定されよう。

 また、新エネルギー車と既往エンジン車の構成部品やそれに求められる要素技術は異なっているため、その影響はサプライチェーンを通じて産業全体に広がるだろう。規制の直接の対象となる完成車メーカーへの影響が大きいことは言うまでもないが、産業全体への波及も決して小さいものではない。

⒋中国自動車産業の「新常態」

 NEV規制は、短い準備期間で現状を大幅に上回る新エネルギー車の生産・輸入を完成車メーカーに義務付けることを通じ、電動車への急速かつ大規模なシフトを引き起こし、自動車産業の各プレイヤーの戦略転換を余儀なくさせよう。

 中国の自動車産業は、既往エンジン車を中心に規模を拡大していく段階から転換し、「新常態」とも呼べる新たな段階を迎える。NEV規制をはじめとした新しいルール(規制)の下での競争が始まり、中国が世界の先頭に立って新エネルギー車産業の発展をけん引していく市場となるだろう。

 NEV規制については、2017年6月に再度意見募集稿が発表されたものの、未だ制度施行の正式な発表はなされていない(2017年7月末時点)。しかしながら、中国系完成車メーカーをはじめとした各プレイヤーはその「新常態」への備えを進めている。

⒌日系サプライヤーに求められる戦略

 中国自動車産業が「新常態」を迎えれば、日系サプライヤーもまた、戦略の見直しを迫られる 。

 現状、中国において積極的に新エネルギー車分野に投資を進めているのは中国系完成車メーカーである。他方、自国企業を育成したい中国政府の思惑からか、方向性の読めない不透明な政策運営がなされているため、完成車メーカーをはじめとした日系プレイヤーの投資姿勢は慎重なものとなっている。現状が続けば、拡大が見込まれる中国新エネルギー車市場において日系完成車メーカーが後手に回ってしまうリスクがあろう。

 では、日系サプライヤーが先進国市場での技術・ノウハウの蓄積を活かしながら、不透明な政策運営のリスクを極力回避しつつ、中国新エネルギー車市場の拡大の果実を享受するにはどのような手段が考えられるだろうか。

 有力な選択肢の一つとして、中国系完成車メーカーとの戦略的提携が挙げられよう。中国の新エネルギー車市場で先行するプレイヤーとの取引を獲得することに加え、中国政府と距離の近い中国系完成車メーカーを通じ、政策動向をいち早く捕捉することにもつながる。他方、一部の中国系完成車メーカーは上位ブランドの設定や先進国市場への進出など、従来以上に品質・性能に目を向けた取り組みを始めており、特に電動化や自動運転技術など新しい技術分野においては、外資系サプライヤーに高い期待を持っている。

 日系サプライヤーの中国系完成車メーカーへの関心は、中国自動車市場の量的成長などの魅力と、日中関係悪化などのリスクを受け、揺れ動いてきた。足下では、新たに中国での新エネルギー車市場の拡大という要素が加わり、改めて中国系完成車メーカーに対する見方に変化が現れてきている。すでに新エネルギー車市場の拡大を見込んで、日系サプライヤーと中国系完成車メーカーの提携の動きも具現化している。例えば、2016年の安川電機と奇瑞汽車による車載用電気駆動システムを手掛ける合弁会社の設立はこの一例と言えよう。

 変化は機会である。新規制の導入など中国自動車産業が変わろうとしているこのタイミングで、改めて中国戦略を見直すことで、「新常態」においても強みを最大限に活かし、競争力を発揮していくことを日系サプライヤーに期待したい。

(このシリーズは月1回掲載します)

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