「西遊記」映画ブーム、続く

香港では8月10日公開の『悟空傳』(写真提供・英皇電影)

はじまりは周星馳の経典

 先月、中国本土で公開され、初日興行収入1.15億元(19億円)というロケット・スタートした『悟空傳』(英題:Wu Kong)。2000年に発表されたネット小説の映画化とはいえ、モチーフとなっているのは、日本でも堺正章や香取慎吾主演のドラマで親しまれてきた中国四大奇書のひとつ「西遊記」。近年の中国・香港映画界における「西遊記」ブームは、なぜ起こったのか?

 ブームのきっかけは、1995年に周星馳(チャウ・シンチー)が主演した『チャイニーズ・オデッセイ Part1 月光の恋(西遊記 第壹佰零壹回月光寶盒)』『チャイニーズ・オデッセイ Part2 永遠の恋(西遊記 大結局之仙履奇縁)』までさかのぼる。全100話で構成される原作の「第壹佰零壹回(第101回)」という原題が示すように、牛魔王と謀って三蔵法師殺害を計画したシンチー演じる悟空が、観音菩薩によって500年後の世界に山賊の首領として生まれ変わる展開は、95年当時は劇場公開されなかった中国において「大話西遊(大ボラ西遊記)」として愛されることに。一方、ヒロイン、紫霞仙子をめぐる悲恋も本作の魅力であり、名ゼリフ「愛に期限があれば、彼女を一万年愛す」などから、大学生を中心に「恋愛経典(恋愛バイブル)」とまで呼ばれるようになった。

 そんなこれまでの「西遊記」のイメージを一蹴したシンチーが13年に、『西遊 降魔篇(西遊記~はじまりのはじまり)』を発表。「旅の始まり」までを描く前日譚「大鬧天宮」を独自にアレンジし、悟空役は人気俳優・黄渤(ホアン・ボー)に任せるなか、シンチーは監督に徹する一方で、再び主題歌『一生所愛』を使うなど、「大話西遊」色を踏襲した。

 この企画に便乗したのが、14年に宇宙最強のアクションスター、甄子丹(ドニー・イェン)が悟空を演じた『西遊記之大閙天宮(モンキー・マジック 孫悟空誕生)』。鄭保瑞(ソイ・チェン)監督による本作はストレートに「大鬧天宮」を描く、完全なファミリー向けファンタジーになっており、この2本のメガヒットを皮切りに、さらに「西遊記」ブームが激化していく。

異なる悟空でシリーズ続く

 翌15年には、3DGアニメ『西遊記之大聖帰来(西遊記 ヒーロー・イズ・バック)』が公開。こちらも、三蔵法師の前世である少年との交流を描いた「大鬧天宮」のアレンジだが、口コミにより異例のヒットを記録した。また、同年から人気ネット動画から派生した『万万没想到:西遊篇(ストームブレイカーズ 妖魔大戦)』も公開され、05年の『情癲大聖(西遊記リローデッド)』で悟空を演じた陳柏霖(チェン・ボーリン)が三蔵を演じるなど、カオス化がみられるが、それを増幅させるのが、先のシンチーの2作と『情癲大聖』の監督である劉鎮偉(ジェフ・ラウ)の存在だろう。実はシンチーの2作の持つ荒唐無稽な展開や純愛テーストはラウ監督によるが、後の作品でもキャラやアイテムを登場させていたが、16年には『チャイニーズ・オデッセイ Part3』である『大話西遊3』を韓庚(ハンギョン)主演で発表することに(主題歌は『一生所愛』!)。

 ちなみに16年にはソイ・チェン版の続編『西遊記之三打白骨精(西遊記 孫悟空VS白骨夫人)』、17年にはシンチー版の続編『西遊伏魔篇(西遊記2~妖怪の逆襲Ⅱ)』が旧正月を彩るが、前者は郭富城(アーロン・クォック)に、後者は林更新(ケニー・リン)と、悟空役が変更。CG技術や特殊メークの著しい発展に伴い、俳優が変わってもそこまで作品に影響しないところが、「西遊記」の強みといえるだろう。

 『激戦 ハート・オブ・ファイト』などで、今やトップスターとなった彭于晏(エディ・ポン)が、もっともイケメンな悟空を演じる『悟空傳』では、三蔵、沙悟浄、猪八戒といったおなじみのキャラは登場せず、司法の神・二郎神(楊戬)とのライバル関係を中心に描かれるということもあり、まさに新機軸。『西遊 降魔篇』の共同監督にクレジットされながら、シンチーとのトラブルに巻き込まれた郭子健(デレク・クォック)監督の面目躍如も期待されるが、とどまることを知らないこのブームは、どこかで中国発の英雄も望まれているという、アメコミ映画全盛のハリウッドにも似た現象といえるだろう。

筆者:くれい響(くれい・ひびき)
映画評論家/ライター。1971年、東京生まれのジャッキー・チェン世代。幼少時代から映画館に通い、大学時代にクイズ番組「カルトQ」(B級映画の回)で優勝。卒業後はテレビバラエティー番組を制作し、映画雑誌『映画秘宝』の編集部員となる。フリーランスとして活動する現在は、各雑誌や劇場パンフレットなどに、映画評やインタビューを寄稿。香港映画好きが高じ、現在も暇さえあれば香港に飛び、取材や情報収集の日々。1年間の来港回数は平均6回ほど。

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