#105 香港における越境インフラ建設の現状


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(三菱東京UFJ銀行 香港支店 業務開発室 アドバイザリーチーム)

今月の質問
最近、香港の越境インフラプロジェクト関連の報道をよく目にします。その越境インフラ建設の現状について教えてください。

今年7月1日、香港が中国返還20周年を迎え、梁振英行政長官の任期が終了した。梁政権下では、「港珠澳大橋」をはじめとする大型越境インフラプロジェクトが多く遂行されてきたが、その進捗は反対派議員の妨害等により必ずしも順調とはいえず、退任間際まで、インフラプロジェクトの問題点が連日クローズアップされてきたのは記憶に新しい。しかしながら、当該プロジェクトは香港の珠江デルタ地域における役割の明確化と関係強化につながるものであり、香港の発展に重要な意味を持つと言える。本稿では、越境インフラ建設の現状について、簡単に紹介したい。

⒈背景
香港は「一国二制度」の下、中国本土と海外をつなぐ連携役「スーパーコネクター」として、金融、物流および専門サービス等の分野で重要な役割を果たしている。また、香港の持続的発展のため、交通運輸網およびインフラの完備を重視してきた。そのうち、従前より構想していた中国本土と接続する越境インフラの構築は、梁政権下で具体的に実行に移され、今も着々と完成に近づいている。

⒉進行中の大型越境インフラプロジェクト
現在進行中の大型越境インフラプロジェクトの代表的なものとしては、港珠澳大橋、広深港高速鉄道、蓮塘/香園圍口岸(新出入国管理所、中国語で「口岸」)、空港第三滑走路の4つが挙げられるが、いずれも珠江デルタ地域全体の競争力の向上により香港の機能強化を図ることを主要な目的として進められているものである。

⑴港珠澳大橋 港珠澳大橋は近年における中国最大級の道路プロジェクトの一つで、香港・珠海・マカオの3地域をつなぐ世界最長の海上橋建設工事である。現状、香港から珠海やマカオへの陸路での所要時間は4〜5時間であるが、港珠澳大橋の完成により、香港・珠海間は30分、香港・マカオ間は45分と、1時間以内で結ばれる。こうした「生活1時間圏内」の形成により、香港・珠海・マカオの経済や社会の一体化が図れるほか、香港—中国本土間の陸路での貨物・旅客輸送のコストと時間が大幅に削減されることにより、珠江デルタ西部地域(珠海、中山、順徳、佛山、番禺等)から香港への移動が最大3 時間以内で実現できる。珠江デルタ地域から香港国際空港や葵涌コンテナターミナルへの所要時間が大幅に短縮されることで、地域貿易・物流センターとしての香港の機能が更に発揮できる。港珠澳大橋は目下2017年末の完工を目指しており、2035年には一日3・6〜4・9万台、旅客数23万人の利用が見込まれる。

⑵蓮塘/香園圍口岸 蓮塘/香園圍口岸は文錦渡と沙頭角の間に位置する、深圳—香港間第7カ所目の陸路の出入国管理所である。当該口岸は深圳の東部過境高速道路に直結し、「深恵高速」や「深汕高速」に接続することから、香港から広東省東部地域(汕頭、汕尾、潮州、掲陽等)に加え、福建省や江西省への移動時間を大幅に短縮することが可能となる。2018年末に落成予定であるが、政府予測によると、2030年には一日旅客3 万人と車輌2万台の利用が見込まれることから、既存口岸の作業負担軽減と越境輸送の効率性向上が想定される。また、完成後2030年までに143億香港ドルの経済効果と22億香港ドルのネット収益をもたらすと見られる。

⑶ 広深港高速鉄道 広深港高速鉄道は、香港の西九龍駅から、深圳の福田、龍華、東莞の虎門、広州南(番禺)までをつなぐ、全長142 キロの高速鉄道。今年3月末時点で香港サイド(約26キロ)の工事は90%完了し、2018 年第3四半期に開通する見込みだ。広深港高速鉄道の開通後、香港から広州への移動時間は現在の約100 分(広州東駅)から半分以下の約48分に短縮される。また、中国鉄道網との接続により、珠江デルタ地域のみならず、北京や上海等主要都市へも鉄道による移動が可能となるため、文化交流および経済促進を通じた香港の地域中心としての地位強化が期待できる。政府予測によると、香港の高速鉄道利用客は、一日あたり2021年に約12万人、2031年に約16万人まで増加、50年間の運営期間内にもたらす経済効果は900 億香港ドルに達する模様。

⑷空港第三滑走路 香港国際空港では第三滑走路および28万平米超の新ターミナルとそれに伴う57のサテライト建設、その他関連インフラの整備が進んでおり、設計上年間3000万人の旅客に対応可能となる。計画通り2024 年に完成すれば、香港国際空港は1時間に102便の離発着が可能となり、2030年には年間1億人の旅客と900万トンの貨物の処理能力を保有する見通し。第三滑走路は開通後50年間で4550億香港ドルの経済効果をもたらし、GDPを4%〜5%引き上げることが予想され、香港の国際航空センターとしての地位の一層の強化が期待されている。

⒊越境インフラ整備に課題の声
越境インフラ整備に伴う利便性と競争力向上が期待される一方で、香港のインフラ建設プロジェクトの多くは近年、予算超過や工期遅延に陥り、上述四つの越境インフラプロジェクトの工事費合計も予定の約2700億香港ドルから3700億香港ドル超と、約4 割増に膨らんでいる。報道によると、複数の大型インフラプロジェクトの同時進行による建材等コストの上昇と建築業界の人手不足による人件費上昇や、香港立法会反対派議員の議事妨害の影響による審議の滞りが、プロジェクトの進行を妨げる要因の一つのようだ。

また、最近大きく報道されている港珠澳大橋の建材偽装問題や、工事中の死傷事故等、インフラ建設に関わるネガティブニュースも少なくない。政府は港珠澳大橋のコンクリートに問題ないとのテスト結果を発表したが、後日改めて再調査を行うことを決定する等、越境インフラ工事の質が引き続き問われており、今後、マイナスイメージをどのように払拭するかが課題となろう。

⒋まとめ
中国の輸出入の窓口として、フリーポートである香港の役割は依然として大きい。また、香港が今後長期的かつ持続的な発展を目指すためには、今後より広域的な協力体制の構築が求められよう。中国の国家戦略である「一帯一路」や「粤港澳大湾区」構想等に派生する機会を逃すことなく、中国本土と各方面での協力を強化することで、地域経済の発展を加速させ、全体競争力の向上に繋げることが肝要である。こうした視点から、人と物をつなぐ越境インフラの建設は香港及び珠江デルタ地域の今後の発展に極めて重要な意義を持つといえる。
(執筆担当:陳 揚)
(このシリーズは月1回掲載します)

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