米株最高値でリスクゼロ?
NYダウは3月1日、史上最高値の21115ドル(米ドル)を付けた。同じくしてナスダック総合指数も史上最高値の5904ドルを付けた。トランプ氏が宣言している「アメリカ・ファースト」。つまり米国最優先政策が奏功し、株価が好感しているのだろうか? (ICGインベストメント・マネジメント代表・沢井智裕)
昨年11月来、新興国株が息を吹き返している。ドル高に一定の歯止めが掛かり新興国の通貨が持ち直している。トランプ政権にも「ドル高に歯止めを掛ける姿勢」が見られた。ドルが強過ぎるとアジアや南米に進出している米企業の業績は悪化する。進出企業は現地通貨で稼いでいる訳だから、決算時には米企業はドル建てで決算しなくてはならない。従ってドル高・現地通貨安は米企業決算を悪化させる。
ここに来て対新興国でドル高に修正が入った分、新興国株は上昇した。特にアジアのVIP(ベトナム、インド、フィリピン)は年初から3月10日までに8・7%上昇。高額新紙幣への交換による混乱にも関わらず年初からは1ドル=66インドルピア前後で落ち着きを見せ、資本流入を促した。フィリピンペソも2月下旬から3月に入って落ち着きを見せ、株価も12月下旬の6500ポイント台から一時は7300ポイント台まで息を吹き返した。
いわゆる「農民は生かさず殺さず」式のトランプ氏の意図が働いたのではないか? 新興国経済が行き詰ると海外の米企業の企業収益は悪化する。大手企業の60%の売り上げが海外であり、かつ利益の伸び率が高いのも新興国であることから、新興国救済は当然の帰結と言える。米FRBは今年、出来れば3回の利上げを示唆している事から、金利差の面で見ると投資家のドル志向が強く、ドル高に傾くはずである。
問題はやはりユーロ圏
忘れてはならないのがユーロ圏の動向だろう。2010 年にギリシャ、スペイン、ポルトガル等の債務残高問題に端を発した信用危機。あれから7年が経過しようとしているが、本当に財政危機は去ったのだろうか? 表向きは当該国に加えて国際通貨基金(IMF)や欧州連合(EU)が介入して債務残高を削減することを金融市場に約束したため、債券価格が上昇(利回りは低下)し信用不安を取り除く事ができた。しかし前提にあるのは、この7年で債務残高が確実に削減されている事が重要である。中には7年経過しても一向に財政事情が改善していない国も存在する。債務残高の対GDP 比で最も高いとされているユーロ圏の国はギリシャである。IMFの昨年10月の統計によると176%で世界ワースト2位(1位は日本の247%)となっている。しかも悪い事に債務残高の増加傾向は続いている。業を煮やしたIMFのラガルド専務理事は最近になって「ギリシャは現時点で債務のヘアカット(元本削減)を行う必要はないが、債務再編の実施のほか、国際支援を通して受けた融資の金利を引き下げる必要はある」と言う始末である。
ギリシャが大きな痛手を被らずに当面でき得る措置は2つに分けられそうである。「債務の再編と金利の大幅な抑制」である。前者は国債の償還期限の大幅な延長を意味する。当面の資金繰りに窮するようであれば、償還期限を延長して手元資金を厚くしておく必要がある(日本政府・当局も同様の事を考えている)。一度に支払う返済資金をなるべく少なくし、突発的な支払いに備えて資金の流動性を高めておく。
その次の「金利の抑制」は金利の低下を意味することから、その指標となる短期国債、長期国債の金利を低下させる必要がある。特に債務再編の時点で長期国債の利回りを抑制しておくことが重要となる。ギリシャ10年物国債の利回りは3月上旬の時点で7・0%前後である。一時の2桁台からは利回りが大きく低下したとは言え、同じ債務問題に悩んでいたポルトガルの3・93%、イタリアの2・21%、スペインの1・72 %とは比較にならないほど高い水準にある。それほど市場はギリシャの債務問題に不安を感じているのだ。
ユーロ圏から圏外へ
かつてユーロ圏を主戦場としていた、とあるユダヤ系のオンライン・ペイメントの企業もユーロ圏を離れトルコ、カナダ、南アフリカに進出した。トルコやカナダはオンライン金融に関して規制が緩やかで、かつ競合相手が少ない市場である。その企業は日本もターゲットにし始めている。ただ日本はネット規制が厳しくオンライン金融の免許取得がうまくいかない状況だという。一方でアジアや北米のようなユーロ圏外の金融機関での決済も行っているそうだ。その理由は顧客がアジアや北米でも増加傾向にあるだろうが、ユーロ圏内の金融機関の危機に備えた動きとの見方もできる。ユダヤ系投資家がアジアの金融機関で口座開設に動いていることもユーロ圏の不安を感じているからかもしれない。
ただユーロ圏の経済が崩れ景気後退に直面した場合、米国や他の地域は影響を受けないだろうか? 難しいのはギリシャが大きく崩れた場合、銀行融資や債務保証をしている大半はドイツやフランスの金融機関であることを忘れてはならない。ドイツ経済に影響が波及するようだと首の皮一枚でもっている世界景気の回復が遅れるか、再び下落基調に戻りかねない。ドイツは16年の貿易黒字は2529億米ドルと、今や中国の貿易黒字額2507億米ドルをもしのぐ世界一の貿易黒字国である。また財政黒字も大きく伸長し、16年は237億ユーロの黒字となった。通貨ユーロを隠れ蓑にしているだけにユーロ安の恩恵をドイツが一手に受けている事が認識されていなかった。ユーロ圏の金融緩和・量的緩和は確実にドイツに甘い汁を吸わせて利益を集中させていた。しかしギリシャを筆頭とした南欧諸国の財政問題が浮上すると一気にリスクが顕在化しかねない。今年はフランスで4月から5月、ドイツは9月に総選挙がある。極右の台頭が予想されるこれら主要国での大型選挙は注目に値する。トランプ相場に酔いしれている場合ではないかもしれない。
トム:かつてはVIPが、いろんな場所で優遇されてきたけど、世界的に見るとVIPが命を狙われる時代になったよな。1月下旬にも中国本土の金持ちが香港の高級ホテルから消えたんだぜ。
ジェリー:本当のVIPはセキュリティーもしっかりしてるわよ。周囲にはたくさんのSPを付けて、自宅のセキュリティーは最新のハイテクを駆使して、留守中に空き巣が入ったら即時にセキュリティー会社から連絡が来るからね。
トム:別にハイテクでなくてもセキュリティーは守れるぞ。猛犬を飼っておけば一安心だろう。
ジェリー:そう言いながら、あなたの左手の傷跡は何年前のものなのよ?
トム:うるせえ〜。だがな「猛犬」って犬だけじゃないんだぞ。近所に「森健(モリケン)」てヤツがいて、こいつの「噛みつき攻撃」が凄かったんだ。ワニガメに匹敵する危ないヤツだったんだよ。
ジェリー:それっていくつの人?
トム:それぐらいで驚いてもらっちゃあ、困るんだよな。 近くのラーメン屋のおばちゃんが、通称「鬼入れ歯」って呼ばれていたんだけど、この初老のおばちゃん、くしゃみしたら入れ歯がぶっ飛んで、お客さんのチャーシューにブチ当たったんだよ。おばちゃん平謝り!
ジェリー:その話は作ったでしょ? あなたの幼少期や青春期ってそんな話ばっかりね。
トム:まだまだあるぜ。近所の奴らはみんなアダムス・ファミリーみたいな奴らばっかりだったんだよ。今はもうその類の話って聞かないだろう? 世の中、面白くなくなったんだよな。
ジェリー:私にはあなたのご近所さんがまともに見えないけどね。
【VIP】
VIPは豪州のANZ銀行が造った略語で、今後最も成長が期待される市場に「ベトナム、インド、フィリピン」を挙げたことから始まった。かつてのBRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国)はインド以外は高度成長時代が終わり景気後退期に突入し、どの国も産業構造の転換が難しい。当面は大きな成長が期待出来ないことから代わってVIPが台頭した。ベトナムとフィリピンは昨年、今年と相次いで総人口1億人超えを達成し、人口ボーナスを享受できる時代に入った。また生産労働人口が豊富で国民の平均年齢も20代と非常に若い。
筆者紹介
沢井智裕(さわい・ちひろ)
ICGインベストメントマネジメント(アジア)代表取締役
ユダヤ人パートナーと資産運用会社、ICGインベストメントマネジメントを共同経営。ユダヤ系を含め約2億米ドルの資産を運用する。2012年に中国本土でイスラエルのハイテク企業と共同出資でマルチメディア会社を設立。ユダヤ人コミュニティと緊密な関係を構築。著書に「世界金融危機でも本当のお金持ちが損をしなかった理由」等多数。
(URL: http://www.icg-advi sor.net/)
※このシリーズは月1回掲載します