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第77回 「偽民主派」(ニセ民主派)
民主派、内部分裂の危機
「真の民主派」主張する急進派
香港メディアの香港政治関連の報道では、香港ならではの専門用語や、広東語を使った言い回し、社会現象を反映した流行語など、さまざまなキーワードが登場します。この連載では、毎回一つのキーワードを採り上げ、これを手掛かりに、香港政治の今を読み解きます。
(立教大学法学部政治学科准教授 倉田徹)
実現不可能なスローガン叫ぶ
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「本土派」に形骸化を非難されている天安門事件追悼集会
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分裂した天安門事件追悼集会
今回のキーワードは「偽民主派」です。読んで字のごとく、「ニセ民主派」という意味です。かつてこの語は、主に左派系の者やメディアが民主派を批判する際に用いられましたが、最近はむしろ「民主派」が使うようになっています。
今年は天安門事件から25年目にあたり、6月4日夜にビクトリア公園で開催された、毎年恒例の民主派による天安門事件追悼集会は、主催者側発表で18万人以上という、2010年に並ぶ史上最多の参加者数となりました。警察発表でも9万9500人は史上二番目の人数です。これほど多くの人が集会に参加した理由としては、節目の年であることに加え、いわゆる「中港矛盾」の激化や、民主化をめぐる論争の活発化という要因もあったと考えられます。筆者も夕方から会場に行きました。突然の大雨で中断を余儀なくされた昨年と異なり天気には恵まれましたが、日中強い日射に晒され続けたサッカー場は夜に入っても鉄板のように熱く、立錐の余地もないほどの人ごみとろうそくの火も相俟って、大変な暑さの中での集会でした。
一方、同時間帯に海を隔てた九龍の尖沙咀でも、「民主派」による天安門事件集会が開催されました。「香港人の六四集会」と題するこのイベントは、黄毓民・立法会議員や、政治組織「熱血公民」を率いる黄洋達氏が主宰し、クライマックスでは中国共産党旗をバーナーで焼くパフォーマンスも行いました。この集会において、黄毓民氏はビクトリア公園で集会を行っている主流の民主派を「偽民主派」と称し、激しい非難の対象としたのでした。
「本土派」の主張は何か
黄毓民氏を代表とする勢力は「本土派」と称されています。ここでいう「本土」は中国本土という意味ではなく、「この土地」という意味であり、香港を指しています。彼らはなぜ主流の民主派を「偽民主派」と非難するのでしょうか。
黄毓民氏が急進民主派政党の社民連から立法会に初当選したのは2008年です。黄毓民氏は当初から他の穏健民主派を何かにつけて生ぬるいと批判していましたが、当初は急進派の登場は民主派の主張の幅を広げ、より広い層の支持を民主派に向けられるという肯定的な見方もありました。両者間の決定的な対立は2010年に始まります。当時審議されていた行政長官・立法会の選挙方法の改革について、民主党などの穏健民主派は中央政府と交渉し、政府案に賛成票を投じて可決させました。急進派は穏健派が北京と妥協したことを強く非難し、2011年の区議会議員選挙では穏健派に対して「刺客」候補を擁立するなどして大いに苦しめました。大陸からの個人旅行客の大量流入などにより「中港矛盾」が激化し、それがネットによる動員を受けて若者の大規模な集会やデモを引き起こすまでになるにつれ、黄毓民氏らは「本土派」としての主張を強めて行きました。
天安門事件追悼集会については、「本土派」はビクトリア公園の集会が年中行事化・形骸化していると非難します。ビクトリア公園の集会が「平反六四(天安門事件の名誉回復)」をスローガンとするのに対し、「本土派」は「不要平反六四」と叫びます。彼らに言わせれば、中国共産党は打倒するしかない対象であり、仮に実現すれば共産党の声望を高めるような「平反六四」を求めることは間違いであるということになります。そして、もし市民による候補者指名が行政長官普通選挙において認められないならば、「本土派」は台湾で起きたような立法会を占拠する行動に出ると主張しています。要するに、「本土派」に言わせれば、中国共産党との全面対決を厭わない自分たちこそ真の民主派であり、中央に妥協したり、忠告したりするような態度をとるのは、香港の利益を売る「偽民主派」なのです。
真の意味での香港の利益とは何か
「香港を優先せよ」という「本土派」の主張は単純明快で、表面的にはより「民主派」らしく見えます。しかし、驚くべきことに、「本土派」の行動は逆に中国共産党を助けているという分析もあります。「香港人の六四集会」の参加者数は主催者側発表7000人、警察発表で3060人でした。現場は大盛り上がりでしたが、彼らが党員数9000万人の中国共産党を倒すことなど到底できません。実現不可能なスローガンを叫ぶだけの「本土派」は北京にとって実害が少ない一方、本来政府との対抗上団結を必要とする民主派は、分裂の危機に大いに悩まされています。このため一部からは、「本土派」は「北京の意を受けて中央政府を助けている」とさえ疑われているのです。現に、これほど激しく共産党を罵倒しているにもかかわらず、最近の左派系紙『大公報』『文匯報』『香港商報』の黄毓民氏に対する批判は、「オキュパイ・セントラル」に対する大規模な攻撃と比べれば、ほとんど目立ちません。
今年の穏健派の集会は、昨年「愛国」をスローガンに加えて物議を醸したこともあり、内部分裂のリスクを意識してか、過去25年間使われたスローガンをいつも通りに叫ぶという「無難な」内容でした。これにより集会への動員には成功しましたが、民主派が前途多難であることに変わりはありません。天安門事件追悼集会が多数の参加を集めた一方で、香港大学による調査では、天安門事件の名誉回復に賛成の者は56・1%と、昨年の62・8%を大きく下回りました。また、行政長官普通選挙についても、明報の調査では、一人一票の選挙が実現するならば、民主派が排除されるものであっても受け入れるとする者が57%に達しました。中央政府と対決するよりも、香港に許される範囲での次善策を目指す姿勢が、香港市民の中では多数を占めているようです。
どのような中央政府との関係がより香港の利益になるのかという点において、香港の世論の多数派は極めて慎重です。スローガンを叫ぶことは憂さ晴らしにはなりますが、実利をもたらすことができなければ、市民の支持を集めることは難しいと言えそうです。
(このシリーズは月1回掲載します)
筆者・倉田徹
立教大学法学部政治学科准教授(PhD)。東京大学大学院で博士号取得、03年5月~06年3月に外務省専門調査員として香港勤務。著書『中国返還後の香港「小さな冷戦」と一国二制度の展開』(名古屋大学出版会)が第32回サントリー学芸賞を受賞