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最新号の内容 -20120210 No:1351
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台湾総統・立法委員

ダブル選挙現地リポート

再選が決まった馬英九・総統(左演壇)と、馬候補と新たにコンビを組んで当選を決めた呉敦義・副総統候補。現職の肅萬長氏から副総統職を引き継ぐ

 

 1月14日に投開票が行われた中華民国(台湾)の総統選挙は、中国国民党の馬英九氏が689万票あまりを獲得して民主進歩党(民進党)の蔡英文氏に80万票近い大差を付けて再選された。同時に行われた立法委員選挙では、民進党が前回の失地を奪還して野党系の台湾団結連盟と合わせて43議席を獲得したものの、国民党の優位は変わらず、安定した議会運営のもと、今後も対中国宥和路線が進められる。
(文・写真/ジャーナリスト・和仁廉夫)


選挙イヤーの先陣

 香港でもまもなく行政長官選挙、秋には立法会選挙が行われるが、今年は、韓国、ロシア、米国などで指導者が交代する選挙イヤー。秋には中国でも指導者の交代がある。その先陣を切って、台湾史上初となる総統・立法委員の同時選挙が行われた。

 台湾の総統は1996年から成人男女ひとり1票の普通選挙、任期4年。一院制の立法院を構成する立法委員選挙も普選で行われるが、かつては定数225議席、任期3年だったのを、民進党の陳水扁政権末期、永久政権を意図して国民党と野合。中選挙区制から小選挙区比例代表制に改め、定数を113議席に半減させた。これが裏目に出て4年前の立法委員選挙で民進党は大敗。総統選挙も陳総統後継の謝長廷氏が馬英九氏に大差で敗れ、国民党の政権奪還を許すことになった。そして前回は別々に行われた2つの選挙が今回は同時に行われる。これがどのように影響するかも注目された。

馬総統のキャラクターグッズを掲げて声援を送る熱心な支持者。当選を決めた国民党本部特設ステージ前で

独特な選挙文化

 台湾の選挙にはいくつか特徴がある。香港・マカオでは日曜日に行われる投票が、台灣では土曜日。しかも夕方4時には締め切られる。香港では夜遅くまで投票機会を保障し、当日も投票所入り口で賑やかに選挙運動が行わるが、マカオでは投票前日を「冷静日」として選挙運動を封印してしまう。香港・マカオはいまなお制限選挙制で、「普選の時間割」が政治的争点になっていることと合わせて、中華世界の選挙制度はじつに多種多様である。

国民党の政権チラシを配る運動員たち。両陣営とも広告チラシなみにティッシュ付きだった。投票前日の1月13日午後、台湾北部の基隆にて

 台湾の選挙文化はお祭りさながらでもある。銅鑼、太鼓を打ち鳴らし、爆竹をとどろかせて進む選挙カーやバイクのパレード。法律で禁じても後をたたない選挙賭博。中華世界で最初に手に入れた民主主義をもてあそぶかのように独特な選挙文化を持つが、今回は選挙慣れしたためか、派手さはかなり薄れてきた。

国民党ステージ前の聴衆のなかには、香港の前区議会議員で保釣活動家(尖閣諸島の中国領有を主張する運動)の曽健成氏ら、香港観戦団の姿もあった。馬英九・総統の米ハーバード大学大学院の博士論文は釣魚台(尖閣諸島)の中華民国領有を主張するものだった。日本ではあまり知られていないが、保釣運動の起源は、馬氏ら在米台湾人留学生の運動に始まる

 過去の総統選挙では1996年の中国による台湾海峡ミサイル発射、2000年の朱鎔基・首相(当時)の恫喝談話、04年の陳総統らへの狙撃事件、08年の国民党最高幹部狙撃事件などがあり、これら不確定要素が投票当日の選挙民の心理に微妙な影響を与えるという歴史もあった。今回も投票前日に蔡英文・候補の選挙本部にナイフを持った女が押し入ったが、影響はほとんどなし。凶器も、ミサイルからピストル、そして果物ナイフへと、時代とともに退化した。

対中国政策が支持された

 4年前、馬候補は陳水扁政権のもとで進行した台湾経済の停滞を批判し、中国との経済開放を進める「中台共同市場」を提唱。在任中に中国と対話をすすめ、ETFA(両岸経済協力協定)を締結。農産品などの非関税化を進めた。呼応するかのように中国も台湾の農水産品、とりわけ中南部特産の果実や、南部で養殖されているハタ(ガルーパ)など海鮮類の輸入を押し進めた。このため台湾中南部の農水産業者の国民党支持へのくら替えが進んだ。

「台湾の未来は自分たちで決める」とマフラーに書かれたスローガンをかざして気勢をあげる若者。投票前日に台北郊外の板橋第一運動場で開かれた民進党蔡候補の総決起集会にて

 中国から台湾に嫁いだ女性たちへの参政権付与も追い風になった。台湾の深夜テレビでは、台湾人男性との結婚を望む中国人女性のプロフィールを流す番組が連夜のように放送されている。また、かなりの数の台湾の若者が大陸に進出した事業所で働き、例外なく中国人妻を連れて戻ってくるという。進行する経済緊密化のなか、台湾人の中国観も少しずつ変わってきた。民進党政権のもとで停滞した大陸からの花嫁への参政権付与は、馬総統、国民党支持票を確実に増やしたとみられる。

野党で政治資金の乏しかった蔡英文候補は女性を中心とした市民選挙を展開。子供が差し出したブタの貯金箱を、「子供の政治献金は違法」と当局が取り締まったのに反発した有権者が、次々とブタの貯金箱でカンパを集め、市民の浄財で驚異的な選挙資金を手にした

 他方、蔡候補を擁立した民進党は支持者の高齢化が固定票を減らしているように見える。昨年11月17日に「独立大老」とも言われた黄昭堂・台湾独立建国連盟主席が亡くなったが、選挙直前に蔡候補支持を表明し、投票前夜の総決起集会に駆けつけた李登輝・元総統も88歳。大腸癌手術直後の老体を押しての応援で、動きが固く、声量にも表情にも精彩を欠いた。李登輝氏に代表される「日本語世代」(日本植民地時代に公学校で日本の教育を受けた世代)の減少は、確実に民進党票を減らしていると思われる。

敗戦を認め、民進党主席の職を辞すると発表した蔡英文候補。台湾TVBSテレビのニュース画像より筆者撮影

 他方、馬総統の再選を果たした国民党当選ステージ前には若者の姿が目立った。壇上で司会や前座をつとめた議員らにも確実に台湾語(閩南話)の話者が増えている。外省人(1947年以降に大陸から逃れてきた人々)の党といわれた国民党だが、確実に本土化(台湾化)が進んだ。筆者の目には、総統選を初めて取材した12年前と両党の立場が逆転しているようにも見えた。

中国「網民」に共感

 世界一の規模を持つ中国のネットユーザーたちも台湾の選挙に並々ならぬ関心を寄せた。

 「新浪」「網易」「捜狐」など大手ポータルサイトは台湾総統選特集を設け、台湾選挙の顛末をリアルタイムで報道し、当局もこれを遮断しなかった。このため、中国のネットユーザーたちは、微博(ミニブログ)に忌憚のない意見を次々と寄せた。

選挙戦終盤に民進党蔡英文候補支持を表明した李登輝・元総統は、大腸癌手術直後の病体をおして、総決起集会にかけつけ、人々に支持を訴え、集会は最高の盛り上がりを示した

 「台湾の制度はすばらしい。わが国にも民主の導入が必要だ」「蔡候補の敗戦の弁を聞いた。いさぎよく身を引く態度には感動した。わが国の指導者といかに違うことか」など、中国の現実と比較して称賛したものが多い。

 台湾の結果は出た。次は香港、そして中国が答えを出す番だ。