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最新号の内容 -20170101 No:1470
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《95》
香港統括会社の現状とCTCへの対応

~在香港日系統括会社調査より


 海外事業が拡大していくとともに課題となるのが、海外ビジネスにかかる戦略立案や管理をどこで、どのように行っていくか、というものである。中国とASEANの中間に位置する香港にはこれまで、多くの企業がアジア地域の統括拠点を設置してきたが、香港政府も2016年、金融統括会社(以下、CTC)に向けた税優遇策を導入し、いよいよ統括拠点の積極誘致に向け動き出している。香港に統括拠点を置く日系企業にとって、また香港拠点のさらなる活用を模索する日系企業にとって、当該制度はどう受け取られているのか。ここでは、今年9月に実施した在香港日系統括会社へのヒアリング調査結果を中心に、香港における統括会社の動向とCTCへの対応を探った。
(みずほ銀行 香港営業第一部 中国アセアン・リサーチアドバイザリー課瀬谷 千枝)

 

優遇税制導入で巻き返しを図る香港

 アジア地域における統括拠点設置地域としてシンガポールと人気を二分してきた香港であるが、10年ほど前から、中国経済の発展・成長を受け中国国内ビジネスを海外事業の柱とする企業が上海に統括機能を移す動きとともに、中国と海外を結ぶゲートウェーとしての役割が揺らぎ始めた。さらに、リーマンショック等を機に、ASEAN市場を目指す進出が急増。ASEAN加盟国の一つで、インドにも近く、ビジネス・インフラが整ったシンガポールの利便性の高さから、香港はじりじりと「アジアの統括拠点」としての優位性を後退させていた。

 そこで香港政府が注目したのが、中国政府による「走出去」政策の下、海外事業の拡大を図るため香港にグローバル事業本部を置く大手中資系企業である。かねて、香港内ではシンガポールに比べ統括会社に対する税優遇制度がないことが、国際ビジネス・ハブとしての香港の競争力の低下を招いているとの指摘があったこともあり、ついに今年度から、CTC(Corporate Treasury Centre=金融統括会社)にかかる優遇税制を導入することを決定した。

 CTCは、中国やASEANの統括拠点として競ってきたシンガポールの同様制度、FTC(Finance and Treasury Centre)に倣い、一定の条件を満たす金融サービス活動による収益にかかる法人税について8・25%の軽減税率を適用するものである。シンガポールの制度に比べ、当局の許認可が不要で適用期限などもないため、申請のハードルは低いといえるが、当局が金融統括機能によるものと認め得る収益(以下、適格収益)でなければ優遇税率は享受できない。また、金融統括企業と認められるには、金融統括事業を専門に行う独立した企業であるか、適格収益・資産が利益および資産全体の75%を占めなければならない、というハードルが設けられている。

 一方、香港政府の動きを受け、シンガポール政府も、16年3月で終了としていたFTCを延長するとともに、優遇税率を従前の10%から8%へと香港より低く抑えるなど、内容も拡充した。タイやマレーシアも15年末のAEC(ASEAN共同体)創設を前に、それぞれ地域統括会社に対する優遇制度を打ち出している。統括会社を通じてアジアにおけるヒト・モノ・カネの活発な動きを取り込み、自国の競争力向上を目指す、各国・地域間の競争に拍車がかかっていると言えるだろう。
 

中国からアジアへと拡大する香港の統括機能

 それでは、香港の統括会社は現時点で、どのような機能を持っているのだろうか。

 弊行が今年9月に実施した統括業務を行う在香港日系企業へのヒアリングでは、約3割が統括を事業のメーンとする「統括専業型」、残る7割は実業を伴いつつグループ会社の統括機能も担う「事業兼業型」の統括会社で、製造・非製造業で差異は見られなかった。シンガポールで今春実施した同様調査では、「統括専業型」「事業兼業型」に加え、金融機能等に特化した「機能分割型」も加えた3つの形態がほぼ1/3ずつだったのに比べると、香港はより、実際のビジネスと統括業務を併呑・両立している統括会社が多いといえる。

 これら香港の統括会社をタイプ別にみると、すべての会社が傘下に子会社を有する持株会社で、日本のタックスヘイブン対策税制を念頭に置いた組織・体制作りを行っていた。このほか、約8割が金融、事業統括およびグループ会社に対する支援・サポートなど、高付加価値機能を統括会社に集中させる傾向が強いこと明らかになった。

 香港統括会社が管轄するエリアについては、すべての企業が中国およびNIESを、8割の企業がASEANもカバーしている。ASEANおよびインドを主な管轄エリアとしているシンガポールの統括会社に比べ、中国ビジネスとの関連性が強く、香港を基点としてグレーターチャイナおよびASEAN地域を統括している実態が判明したほか、弊行が14年に実施した同様のヒアリング調査時に比べ、欧米や日本も管轄するグローバル統括を行っているとする企業が増加して約3割に上った。
 

金融機能の本格活用・拡充はこれから

 香港の統括会社が有する機能を細かくみると、経理・財務や経営戦略、M&Aを含む投資、さらにはグループ企業を管理するガバナンスについて権限を有するケースが多い。また、製造業の事業兼業型統括企業では、中国との加工貿易をビジネスの基盤としてきた経緯および実業を反映し、商流、物流にかかる統括機能を幅広く有している傾向も見られた。

 さらに、金融機能について絞って詳細を聞いたところ、主に行っているのは親子ローンをはじめとしたグループファイナンスやリインボイスで、人民元も含めた為替リスク管理も多かった。統括を専業としている企業も含め、商流を通しつつ、これら金融機能を有することで統括機能を果たしていることが裏付けられた半面、非製造業の事業兼業型統括企業については一部の金融機能を有するのみにとどまっており、統括会社としての高度な金融機能の活用については道半ば、とも言える。このため、全体の半数が今後も金融機能を強化していくことを展望していた。
 

高いCTCのハードル

 ここで注目されるのは、CTCという税優遇制度が導入され、ヒアリングの対象となったすべての統括会社が適用の可能性を検討しながらも、結果的に申請を断念していたことである。

 そして、香港の統括会社がCTC適用を見送っている理由は、多くの統括会社が実業を兼業しているため、金融機能に特化した統括会社を対象とする適用要件のクリアが難しいことにほかならない。将来的なCTC適用見通しについても、「適用条件のクリアは難しいが継続して検討していく」とした企業と、「現時点では静観する」と回答した企業がそれぞれ約5割と拮抗。企業からは、「減税対象となる収益等の要件が厳しく、魅力が少ない」、「組織・機能の再編をしてまでの減税メリットを感じない」等、消極的な意見も複数聞かれた。

 こうした香港統括企業の傾向は、シンガポールの統括会社が統括機能の分割などにより積極的に優遇取得を目指す動きとは一線を画している。背景には、実業ありき、の香港に比べ、シンガポールではグループ企業の管理を目的として設立される統括会社が比較的多いこと、また金融統括をはじめ各種統括機能を有する企業に対するさまざまな優遇制度が90年代から導入され、改訂も適宜行われるなど、運用面でもすでに定着していることなどが考えられる。シンガポールの統括会社においても、いったんは優遇が適用されたものの、更新時になって条件が満たせなかったり、費用対効果を勘案して適用更新を断念したケースもあるようだが、統括会社に対する優遇という面ではシンガポールが何歩も香港をリードしているということになろう。
 

香港統括のメリット

 さて、シンガポールのような優遇制度がない中で、香港の統括会社がメリットを感じる点を聞いたところ、業種・形態を問わず、「税制」や「業務効率化」、「中国ビジネスに有利な点」などが上位に挙がった。他方、今後の課題では、「人材」がトップ。「人材」については、ローカルスタッフの優秀さなどを理由に約半数の企業がメリットとしても挙げているが、転職・離職率の高さがネックとなっているようだ。さらに、「統括機能の強化」を挙げる企業も半数に達しており、統括会社としてどのような機能・役割を果たしていくか、各社とも試行錯誤中といえそうだ。
 

おわりに 

 日系企業の海外事業は近年、ますます加速・拡大し、海外統括機能の強化や日本の本部機能・部門の海外移転、グループ全体の再編など、海外統括にかかる取り組みも多様化している。本稿で取り上げた在香港日系統括企業の動向はその一端に過ぎないが、金融統括機能一つとってもこれから、ということから分かるとおり、統括会社にどのような機能を持たせ、如何に効率的・効果的に運用していくかは、各社共通の課題であろう。そうした中で、香港やシンガポールのような税優遇制度の活用は、税務メリットはもちろん、運用の最適化という面においても、大きなアドバンテージとなる可能性がある。統括会社の活用に向けた試みは、まだ始まったばかりである。

(このシリーズは月1回掲載します)

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