
左派系紙よりフリーペーパーの
信頼性が高い?
~新聞業界の仕組み
政治、経済から社会、文化に至るまで、知っているようで意外にあやふやな香港の「仕組み」をイチから勉強する好評連載。最終回は、香港の新聞業界の仕組みについて解説する。(ジャーナリスト・渡辺賢一)
返還とともに報道の自主規制が強まる
香港では2010年末時点で46紙の日刊紙が刊行されている。そのうち華字紙(中国語)は21紙、英字紙は13紙だ。この数には競馬専門紙やフリーペーパーなども含まれており、総合紙と呼べるのはせいぜい10紙程度。とはいえ全国紙が5紙しかない日本と比べれば種類は豊富で、新聞ごとのスタンスの違いも比較的わかりやすいのが香港の新聞の特徴である。
そこで今回は、香港の主要紙のスタンスを分析するとともに、新聞に対する市民の信頼度やマスコミが抱える問題などについて整理することにしよう。
大きく分けると香港の新聞には①親中(中国寄り、左派系)②反中③中道——の3つのスタンスがある。
左派系紙の代表は『大公報』『文匯報』『香港商報』、反中および香港の民主派支持を鮮明に打ち出しているのは『蘋果日報』(以下、りんご日報)、中道が『明報』『サウス・チャイナ・モーニング・ポスト』(以下、SCMP)、その他の新聞といったところか。
もっとも右に中道と分類した各紙は1997年の香港返還以来、中国政府の顔色をうかがいつつ報道に自主規制を掛ける傾向が強まっており、純粋に公平な報道を行っているとは言い難い。
たとえば『SCMP』は、英国植民地時代は香港政庁の御用新聞と呼ばれるほど英国寄りの論調であったが、1993年に中国と関係の深いマレーシア華僑、郭鶴年(ロバート・クオック)氏の企業に買収されて以来、報道が中国寄りになったとの指摘もある。
また、香港きってのクオリティーペーパーとされる『明報』は、1959年の創刊前後に中国で大躍進政策や文化大革命がことごとく失敗し、大陸から香港に大量の難民が押し寄せて大混乱を招いた時代背景もあって、1960年代は創業者の査良پ`氏(金庸のペンネームで武侠小説も多数執筆)が徹底的な反中論評を繰り広げていた。
しかし、返還を4年後に控えた1993年9月、同紙の北京特派員であった席揚記者が重大な国家機密を違法に取得したとして中国当局に逮捕される事件が発生。その後、『明報』も中国記事における自主規制を強めているように感じる。
旗幟鮮明に反中掲げる『りんご日報』
『明報』が反中の急先鋒であった1960年代は、香港各紙の政治スタンスの違いがもっと明確だった。
現在では中道よりもやや中国寄りとみられる『星島日報』は、創業者であるミャンマー華僑の胡文虎氏(英語名アウ・ブーン・ホー、軟膏油「タイガーバーム」で財を成した豪商)がもともと中国国民党を支持していたことから、1992年までは紙面の日付も中華民国(台湾)の年号を使用し、大陸の中華人民共和国政府を「中共当局」や「中共」などと表記していた。
現在、香港で発行部数1位(フリーペーパーを除く)を自称している『東方日報』も、創業者の馬惜如・馬惜珍兄弟が中国国民党との結び付きが深く、1969年の創刊当初からしばらくは台湾寄りであったが、2003年に現在のオーナーである馬澄坤氏が中国政治協商会議の香港代表に選出されるなど、親中色を強めているとの見方が強い。
1960年代には反中の『明報』、台湾寄りの『星島日報』『東方日報』、親中の『大公報』『文匯報』『香港商報』といった色分けが今日よりもはっきりしていたのだが、香港返還と前後して、香港紙の政治スタンスは次第に玉虫色に揺らいできたのである。
いまやゴリゴリの左派系紙は言うまでもなく、中道系のほとんどの新聞が濃淡の違いこそあれ中国寄りに傾いていると言っても過言ではなさそうだ。
そうした中、唯一、旗幟鮮明に反中を掲げているのが『りんご日報』である。
返還2年前の1995年に創刊された同紙は、アパレル量販チェーン「ジョルダーノ」の創業者である黎智英(ジミー・ライ)氏が1989年の天安門事件に対する抗議メッセージを盛り込んだTシャツを販売したところ、中国本土で営業停止処分を受けたことに憤ったのが発刊のきっかけとされている。
『りんご日報』は、反中に加えて反香港特区政府、民主派支持を鮮明に打ち出しており、香港でたびたび行われる民主派の反中、反特区政府デモや集会は大々的に告知、参加者向けに示威用の特製ポスターやステッカーを大量に提供するなど、徹底したスタンスを貫いている。
当然、『りんご日報』は中国政府にとっては好まざる存在であり、中国本土ではライバル紙『東方日報』を見掛けることはあっても、『りんご日報』は持ち込み禁止にされているのでお目に掛かることはない。本土での電子版『りんご日報』へのアクセスも、悪名高きネット閲覧制限によって完全に遮断されている。

もっとも信頼性が高いのは『SCMP』
『りんご日報』の公称発行部数は29万部(香港ABC調べ)。自称香港一の『東方日報』に次ぐとされるが、公称だけに発行部数への信ぴょう性は高い。
もっとも、多くの読者に読まれているからといって新聞としての信頼性が高いとは限らない。
香港中文大学のコミュニケーション・リサーチ・センターが行った市民の新聞に対する信頼性調査によると、もっとも信頼性が高いと評価されたのは英字紙の『SCMP』、2〜3位は華字紙の『明報』『香港経済日報』で、『りんご日報』は評価対象となった17紙中15位とかなり下である(2010年調査)。
これは、ド派手な見出しや刺激的な写真を掲載し、ことさらセンセーショナルに事件を報道する『りんご日報』の手法が影響していると言えそうだ。そもそも、かつて香港の新聞は、見出しの表現方法や写真の扱い方、紙面レイアウトなどが控えめだったが、『りんご日報』の登場とともに扇情的な紙面づくりを競って真似るようになった。そうした「りんご化」現象を面白がる読者が増える一方で、記事に対する信頼性はどんどん失われつつあるのが実情のようだ。
先ほどの市民調査によると、記事の取捨選択や見出しの表現が保守的な新聞ほど信頼性が高く、センセーショナルな紙面づくりが売りの『りんご日報』や『東方日報』、左派系紙などは相対的に評価が低いことがわかる。面白いことに、2002年から相次いで創刊した『都市日報』『am730』といったフリーペーパーのほうが『りんご日報』や左派系紙よりも信頼性が高いという評価を受けている。
わざわざ6ドルも払って新聞を読む価値があるのか、考えさせられる結果だ。
(このシリーズは今回で終了します)
渡辺賢一
ジャーナリスト。『香港ポスト』元編集長。主な著書に『大事なお金は香港で活かせ』(同友館)、『人民元の教科書』(新紀元社)、『和僑―15人の成功者が語る実践アジア起業術』(アスペクト)、『よくわかるFX 超入門』(技術評論社)『中国新たなる火種』(アスキー新書)などがある。