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最新号の内容 -20120224 No:1352
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植民地時代、冰室の始まり

 1842年に英国植民地となった香港は、アジアの中でも西洋文化がいち早く取り入れられる都市となった。とはいうものの、植民地政策の下、中国人と西洋人との社会的な地位の差は歴然。町中の洋食レストランの多くは、「中国人お断り」の場所だったという。

 香港人が経営する洋食レストランの歴史は20世紀初頭にさかのぼる。当時は「咖啡室」と呼ばれるもので、コーヒーや紅茶、サンドイッチなどの軽食を出していた。それでも庶民にはまだまだ敷居が高く、利用客のほとんどは金持ちか社会的地位の高いごく一部の香港人だった。これが茶餐庁のルーツといわれる。

 やがて、1940年代末から「咖啡室」で出されていたようなコーヒーや紅茶、軽食を安価で出す「冰室」と呼ばれる店が現れた。それまで路上の屋台などでお茶を飲んでいた労働者も気楽に入れる店となり、「冰室」は庶民のコーヒーショップとして人気を呼んだ。

 ちょうど同じころ、街には高級な洋食が食べられる「餐庁」と呼ばれるレストランができた。1960年代〜70年代初頭、「冰室」は「餐庁」の専売特許だった洋食メニューも取り入れ、お茶も飲め、食事もできる店としてその形態を変えていった。そして「茶餐庁」へと呼び名も変わった。

■男の世界? 
 1950年代から70年代にかけて茶餐庁や茶楼などでお茶が飲めたのは男性だけ。女性は男性同伴で行くしかなかった。この名残で、今でも店員は男性が多い。

■制服のなぞ 
 茶餐庁の制服はチェーン店でもなくても白い上着に下はジーパンや黒いズボンという同じような格好が多い。英国植民地時代、高級ホテルのスタッフは白い上着に黒のズボンという制服が一般的だったため、サービス業に就く人にこのスタイルが広まったようだ。

■御用達の食器 
 茶餐庁の店員は手際は良くても食器の扱いは手荒い。下げた食器は大きなバケツにがしゃんと突っ込む。だから、どんなに乱暴に扱われても割れないように多くの店がプラスチック製の食器を使用している。分厚くて丈夫なので、ちょっと壊れたくらいでは気にせず使用し続ける。どんなに飲み口が欠けていても堂々と客の前に出されるのも茶餐庁ならでは。


 

創業者のこだわり 
潮州式総菜もある老舗の新店舗

タイル張りの壁が昔懐かしい雰囲気を醸し出す蘭芳園

 セントラルの「蘭芳園」と言えば、香港人ならば知らない人はいない老舗茶餐庁。結志街(ゲージストリート)にある本店は1952年開業、60年の歴史を持つ 。「大牌(屋台)」式の本店と同じ通りにある店舗のほか、現在ではチムサーチョイの重慶大厦(チョンキン・マンション)にも支店がある。

 その蘭芳園の旗艦店ともいえる新店舗が昨年5月に上環の信徳中心(シュンタック・センター)内にオープンした上環店だ。広さは4000平方フィートとゆったりしているが、タイル張りの壁や折りたたみ式の丸テーブルとイスなど昔ながらの茶餐庁の雰囲気そのままに、食事が楽しめる。

濃厚な味わいがくせになるミルクティー。後ろは堂店の名物であるスープなしインスタント麺

人気のポークチョップバーガー トマトたっぷりのマカロニ

 創業者・林木河さんの息子で上環店を切り盛りする林俊業さんによると、支店を開くようになったきっかけはなじみの客からの熱い要望。本店には付近住民のほか、遠方から足を運ぶ客も多く、九龍サイドや別の場所に支店をつくってほしいという声に応えたのだそう。

 メニューはどの店も基本的に共通なのだが、この上環店でしか食べられないものがある。それが「潮州打冷(潮州式総菜)」 と「広東焼味(広東式焼き物)」だ。「父が潮州料理を食べたいと言って、総菜を出すようになりました。以前からこうした料理も出したいという話はあったのですが、店が狭くて難しかった。今では父はほとんど毎日ここでゴハンを食べていますよ(笑)」と俊業さん。5つ星ホテルの中華料理レストランで焼き物を提供してきた敏腕料理人と、祖父の代からの秘伝の調理法を受け継いだという潮州人のベテランシェフが常駐しているそうだ。

 お薦めは「煎蠔餅(カキ入りオムレツ)」や「焼腩仔(焼き豚)」。もちろん、同店の名物「葱油鶏扒撈丁(スープなしインスタント麺のチキン載せ)」も健在だ。サイズから鳥肉の味まで細かく指定してオーダーしているというオランダ・ソーセージを使ったホットドッグや5種類の茶葉をブレンドした香り高い奶‬茶(ミルクティー)もぜひ味わって。

 

■蘭芳園(上環店)
所在地:Shop No. 304D, Shun Tak Centre, 200 Connaught Road Central, Sheung Wan, Hong Kong
電話 :2517-7168


歴史散策に絶好のロケーション

蜜椒鶏翼(スープ、ゴハン、ドリンク付きで44ドル)。チキンだけの単品もある

 香港島西部の西営盤はMTRがまだ通っておらず、日本人にはあまりなじみのないエリア。この一帯は英国植民地時代に最も早くから発展した歴史ある街だ。そのためか、英皇書院、基督教香港崇真會救恩堂など法定古跡に認定されている歴史的建造物が多く残されている。香港大学の学生や乾物街の買い物客など往来が盛んなこの辺りには、実はかなりの数の茶餐庁が建ち並んでいるのだ。

店内の黒板にはその日のお薦めメニューが書いてある 特餐(麺、ポークチョップ、オムレツ、パン、ドリンクで29ドル。アイスドリンクは2ドル増し)

 その中でもお薦めなのが、クイーンズロード・ウエストと水街の交差点付近にある「藍山食坊」。ここはオーナー親子による家族経営。もともとは上環にあった有名店で、2005年から現在の場所に移転した。

 西多士(フレンチトースト)や公仔麺(インスタントヌードル)といったいわゆる茶餐庁の定番のほかに、「小菜」と呼ばれる一品料理やセットメニューが食べられるのもうれしい。小菜はその日に仕入れた新鮮な野菜や魚介を使ったいためもの、蒸し魚など、種類も豊富だ。看板娘のエンジェルさん=上写真=のイチオシはハチミツをからめたほんのり甘いチキンウイング。男女ともに人気という。「地元住民や学生のほかに英国人や日本人の常連さんもいるんですよ。そういったお客さんとのコミュニケーションが毎日楽しみなの」とエンジェルさん。英文メニューも用意しているので、散策のついでに立ち寄ってみよう。

藍山とはブルーマウンテンという意味。この青い看板が目印

■藍山食坊
所在地:G/F., No. 420 Queen's Road West, Hong Kong
電話 :2546-1592


一度は行きたい有名店

美都餐室(Mido Cafe)

この看板が目印。ネーザンロードからも目に入る

 香港の観光名所である油麻地の屋台街、廟街(テンプルストリート)の入り口に店を構えて50年以上になる「美都餐室(ミドー・カフェ)」は、日本のテレビドラマの撮影にも使われたことのある茶餐庁だ。

 開業は1950年。今も開店当初とほとんど変わらず、ノスタルジックな雰囲気が漂う店内に座っているだけで、ディープな香港が感じられる。客層は数十年来のなじみ客のほかに若者も多く、1日中にぎわいを見せる。

 この店の最大の魅力はガラス窓に囲まれてフロアが明るく、心地よい2階席だ。河村隆一主演の日本のテレビドラマ『九龍で会いましょう』の中で、食事のシーンが撮影されたのもこの2階席。窓から海の守り神を祭る天后廟の横にある広場で将棋や会話を楽しむ人々などをウオッチングできる。

 看板メニューは卵チャーハンにスペアリブを載せた「焗排骨飯」。甘めのケチャップソースをからめたスペアリブが香ばしく焼かれ、食欲をそそる。また、たっぷりのあずきに練乳をかけたかき氷「紅豆冰」は、あずき本来の甘さとミルクが絶妙のハーモニーでお薦め。 

所在地:36 Temple Street, Yau Ma Tei,Kowloon
電話 :2385-2347

金雀餐庁(GOLDFINCH RESTAURANT)

 香港の映画監督、王家衛(ウォン・カーワイ)氏の映画『花様年華』でトニー・レオン(梁朝偉)とマギー・チャン(張曼玉)が夜食を取る洋食レストランとして登場したのがコーズウェイベイにある「金雀餐庁(ゴールドフィンチ・レストラン)」だ。

 オープンした1962年当時とほとんど変わらぬ店内は一歩中へ入ると、そこはまるで時間が止まったかのよう。薄暗い照明にきらびやかなモールの装飾。このほか、劉青雲(ラウ・チンワン)主演の『暗花』、曽志偉(エリック・ツァン)主演の『最後判決』、木村拓哉出演の『2046』など、映画の撮影に何度も使われており、香港映画好きならぜひとも訪れたい店だ。

所在地:13-15 Lan Fong Road,Causeway Bay, Hong Kong
電話 2577-7981


〜消えゆく老舗と文化遺産〜

 最近は何十年も続いた老舗の茶餐庁が閉店や移転するケースが多くなってきた。インフレによる店舗賃貸料や食品価格の上昇、後継者不足が主な原因だ。セントラルにあり「蛇竇(広東語で営業マンが息抜きをする場所)」となっていた「楽香園咖啡室」は、2008年に60年以上にわたって営業してきた威霊頓街を離れ、機利文新街へ移転。杜琪峰(ジョニー・トー)監督作『文雀(Sparrow)』など、香港映画のロケ地としても有名だった天后の「祥利冰室」は2010年についに閉店した。

 その一方で、香港独特の文化ともいえる茶餐庁を保存していこうという動きもある。2007年に香港の政党の民主建港協進連盟(民建連)がユネスコの無形文化遺産に申請するよう香港特区政府に提案。各界から反響を呼んだものの、文化遺産の申請にはまず中国国務院の批准が必要となるため、現実的には難しいようだ。