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最新号の内容 -20110812 No:1339
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香港の伝統行事 盂蘭節を知る

 8月といえば日本はお盆の季節。ここ香港でも旧暦7月15日に「盂蘭節(ユーランチェツ)」というお盆がやって来る。そして旧暦の7月は「鬼節」や「鬼月)と呼ばれ、「鬼(霊)」たちがあの世から解放されてこの世をさまよう月とされている。この時期になると街では紙銭を燃やし、供え物をする人の姿を見掛けるようになる。香港で今も受け継がれる盂蘭節の風習を紹介する。(構成・編集部)


風習の由来とは? 

紙製の「男女傭人(男女の使用人)」はあの世で故人の身の回りの世話をするための人形

 鬼節の風習は主に香港では仏教の「盂蘭節」として、台湾では道教の「中元節」(旧暦の7月15日、今年は8月14日)として残っている。盂蘭節と中元節は本来別のものであり、厳密には分けて語られるべきだが、両者はともに「旧暦の7月に戻ってくる霊を慰める」という概念や、その根底に「普度衆生(人々を苦しみから分け隔てなく救う)」という教えがある。このため長い歴史の中で民間信仰として受け継がれていく間にそのしきたりや言い伝えが混ざり、現在では混同されて語られることも多い。

紙製の洋服には紙製の腕時計やプラスチックのネックレスが付いている

目蓮と母の物語 

 盂蘭節の起源は仏教の『目蓮救母』の物語とされる。265~290年の中国の古文書『仏説盂蘭盆経』の記載によると、「目蓮の母親は生きているときから業が深く、慈悲の心がなかった。このため死んでから地獄に落ち餓鬼となって苦しまねばならなかった。目蓮はそんな母親を見兼ねてごちそうを用意するが、母親が口に入れようとすると食べ物は炭と化してしまう。これを悲しんだ目蓮を見て仏様は目蓮に、7月15日に料理や果物を盆に盛り仏を供養し、僧りょの功徳をたたえ、人々を苦しみから解放するために祈れば母は救われると説く。目蓮は仏様の教えに従い、母親を救う」というもの。

上環のクイーンズロード。紙製の供え物や祭壇用品を売る店が軒を連ねる

紙製のゲーム機や卓球用具もある

「盂蘭」はサンスクリット語で「倒懸(さかさりの苦しみ)」という意味であり、地獄の苦しみから霊を救う意味でもある。また目蓮の物語は親孝行の象徴的な話として民間に語り継がれたことから、盂蘭節は先祖を尊ぶ日ともされている。

地獄の門が開く日

 旧暦の7月1日(今年は7月31日)は地獄の門が開き、鬼たちがこの世に現れる日で、同7月30日(今年は旧暦7月29日に当たる8月28日)は鬼たちが帰り地獄の門が閉まる日といわれる。盂蘭節には先祖の霊も戻って来るので、その供養が行われる。

また、中国では古くから「盂蘭節には街の至るところに鬼がいて人間に悪さをする」とも考えられている。このため道端に果物や線香を供え、紙銭や紙で作った衣服を燃やして鬼たちを慰める「焼街衣」の風習がある。

焼街衣は基本的に旧暦7月1日から14日に行い、先祖の供養はそれ以降の主に「盂蘭勝会」(11面参照)の期間に行われる。香港の下町には「紙扎舗(チーチャッポウ)」と呼ばれる祭壇用品店が多くあり、市民はここで供え物を買い求める。

多彩なお供え物

 ちなみに鬼と先祖のための供え物は内容が少し異なる。先祖供養にはロウソクや線香、紙銭はもちろん、故人が生前好きだった物を模した紙製品を燃やす人が多い。供え物には靴、バッグ、デジタルカメラ、携帯電話、電子レンジを模したものもあり、出来栄えもかなりのもの。主には火葬時に遺体と一緒に燃やすが、清明節、盂蘭節、重陽節にも燃やされる。



紙製の洋服、靴、家電が登場するようになったのは20年くらい前から。今では人間界に有る物はなんでもある。人気が高いのがマージャンセット。「あの世で故人がメンツをそろえて思う存分マージャンを楽しめるように」と家族が買うようだ。

一方、焼街衣は基本セット(上図参照)があり、人によってはこれに加えて紙製の金の延べ棒や硬貨を一緒に燃やすという。焼街衣では紙製品以外に食べ物も供えることが多い。鬼に供えるのは「豆腐、桂圓(龍眼を干したもの)、白飯、酒、モヤシ」が一般的だが、先祖には果物や鳥肉、焼き豚など少し豪華なものを供えるようだ。
 

各地で行うオペラの舞台

毎年、香港各地で盂蘭勝会が行われる。公園や広場にはやぐらが組まれる

香港の盂蘭節は40、50年前に広東省から移り住んだ潮州人や鶴佬人(鶴佬は現在の広東省海豊、陸豊市)によって持ち込まれた風習といわれる。このため潮州人や鶴佬人(鶴佬人が暮らす町内では盂蘭節のイベントも活発に行われる。
 
 特に旧暦7月13、14、15日(今年は8月12、13、14日)ごろから各町内で「盂蘭勝会(ユーランセンウェイ)」が催される。まず初日に神を招く「請神(チェンサン)」の儀式を行い、翌日から3日間、鬼に見せるための芝居「神功戯」を行う。 

鬼に見せるための芝居「神功戯」

神功戲のマナー

 神功戯の舞台は町内の公園や広場に設けられる。芝居は、基本的には鬼たちに楽しんでもらうために演じるものなので、初日は誰も見ないのが習わし。だが誰もいない客席に向かって朗々と語られる芝居は実に奇妙なものだ。

 2日目からは誰でも入って見ることができる。神功戯は広東語のほかに潮州語や鶴佬語のオペラが多いことから、この時期の町や村の娯楽として親しまれていたことがうかがえる。
 
 また、神功戯の舞台近くには鬼たちに秩序を保たせ、彼らが満足したかどうかを見届ける役目を持つ、紙製の大きな神様が祭られている。これは「大士王(ダイシーウォン)」、別名「鬼王」といわれ、頭上に観音像と2つの角を持ち、恐ろしい形相をしている。大士王は人々が鬼たちにささげた贈り物が十分だと認めると、祭りの最後に燃え盛りながら天へ帰るといわれている。  

恒例のお米の配付

 盂蘭勝会の最終日には町内会で「平安米」と呼ばれる米を配る。これは「派米(パイマイ)」と呼ばれ、米は家族で食べたり供え物に使われる。日本のお盆は盂蘭勝会とほぼ同じ時期に供え物や墓参り、盆踊りを行うことから、盂蘭節が由来との説がある。 

お盆のタブーと習わし

 実は鬼節には、してはいけないことがたくさんある。例えば、この時期は歩道に線香や紙銭の燃えかすが散乱していることが多いが、みだりに踏んだりしない方がいい。「靴に灰などが付いたまま帰宅すると、家に陰気(悪霊などが好む邪気)を持ち込みかねない」と考えられている。また、昔は土木工事や水にかかわる仕事、新装開店、引っ越しも縁起が悪いとされた。「鬼節にもらった嫁は恐妻になる」と、婚礼も控えられた。香港では鬼節が終わり涼しくなる秋口からウエディングシーズンに入るのはこのせいだ。
 

毎年、街のあちらこちらで「焼街衣」をする市民の姿を見掛ける。物珍しさからみだりに近づいたりしてはいけない

 このほか、鬼に足を引っ張られるので水辺には近付かない。「印堂(みけん)」からは鬼が恐れる霊気が出ているので、みけんを髪で隠さない。昼間は鬼は日光が差さない暗い場所で固まっているので、暗い場所には行かない。鬼は自分が軽んじられるのが嫌いなので、怪談話をみだりにしない。「神功戯」の最前列の席は鬼が座っているので、最前列には座らない。
 
 また、犬や猫は鬼の気配を感じて騒ぐので、神功戯に犬、猫を連れていかない。などなど鬼月のタブーは数え挙げたら切りがない。だが最近ではこのタブーや習わしもお年寄りの間で信じられるのみになっているようだ。


神功戲の主な開催場所

「神功戲」を観賞する市民たち。これは潮州式のステージ

香港政府観光局によれば、今年も香港各地で盂蘭節ならではの催し「神功戲」が開催される。公園などにステージが設けられ、無料で鑑賞できる所も多い。スケジュールは以下の通り。鑑賞マナーは本文を参照のこと。 

■九龍城 日時:8月15~20日 20:00? 場所:九龍城亜皆老街球場 料金:無料 問い合わせ電話:2382-0636(ただし広東語のみ) 

■コーズウェイベイ 日時:8月20~23日 19:00~22:30 場所:銅鑼湾摩頓台臨時遊楽場 料金:無料 問い合わせ電話:2890-5599(ただし広東語のみ) 

■長沙湾 日時:8月21~23日 19:00~ 場所:長沙湾保安道遊楽場 料金:100ドルの寄付につき入場券1枚を進呈 問い合わせ電話:2387-5755、2387-9099(ただし広東語のみ) 

■佐敦 日時:8月23~25日 19:00~ 場所:佐敦広東道英皇佐治5世公園 料金:無料 問い合わせ電話:2735-0087(ただし広東語のみ)
 ※一部写真提供:香港政府観光局。参考資料:ウェブサイト『香港城市大学中国文化中心』(編集・張瑞威) 、『怎様看憧 黄暦』(遠流出版)など